有限会社 三九出版 - 青い目の人形との84年ぶりの再会


















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                  青い目の人形との84年ぶりの再会

                            藤澤 康裕(東京都町田市)

 私の父藤澤精三は明治37年に生まれ,祖父藤澤仁市は父が生まれた7ヵ月後,祖母藤澤やゑは13年後に病気で亡くなった。以降精三は親なし子として苦難の人生を歩んだ。
 私の母コウは大正3年に神奈川県葉山町で生まれ,夫の死後も一人で生涯を葉山町で過ごした。平成12年3月に脳梗塞で倒れ右半身が全く動かない状態で病院生活を送った。同じ年の8月には体が少し動くようになったが,今度はあそこが痛いここが痛いと愚痴に明け暮れる日々が続いた。これを見かねた姉夫婦が「リハビリを兼ねて自叙伝を書いてみたら」と言って空白の大型ノートを渡した。
 平成14年1月,母は病院を出て葉山の特別養護老人ホームに入所した。有り余る時間はあっても資料は100%頭の中の記憶だけなのである。こんな環境下でも自分の人生を振り返ることに専念し,最初は動かない手で文字を書くため,まるで文字を覚えたての幼児のような字であった。しかし時間の経過と共に文字らしくなり,自分が生まれたときから老人ホームに入所するまでの自身の歴史を書き上げた。読んでみると驚異的な母の記憶力に感動する。平成12年の頃には動かなかった右半身も普通に動くようになるまで回復した。一通り書き上げた後,母は思いがけないことを言い出した。母は「自分の亭主の父親の107回忌の法要を行いたい。
 また,亭主と自分の自叙伝を自費出版したい」と,私の常識では考えられないことを言い出したのである。
 107回忌の法要はやれば出来ないこともないが,まず,私の両親達が会ったこともない先祖・祖父の供養をやるというこの考え方のすばらしさに心から感動した。
また,精三は自分で秘かにノートに自叙伝を書いていたのであった。見ると,達筆な書き方で内容もすばらしかったが,途中で終わっていた。
 107回忌の法要を平成22年6月に母の大好きなお寺で執り行った。母は大喜びだった。父と母の自叙伝は平成21年6月に三九出版さんにお願いして発刊することができた。全55ページの大作である。発刊後,母がお世話になった方々に配布した。また,平成23年6月に私の母校葉山中学校同窓会があり,これに出席して幹事役の同級生にプレゼントした。彼とは詩吟,尺八などの共通の趣味があることが分かり何となく渡したものであった。
 自叙伝の母の部分には、母が12歳の3月に葉山の小学校を代表して先生と横浜に青い眼の人形を受け取りに行ったという文章があった。また,昭和11年に魚吉というお店で父と結婚したという文章もあった
 自叙伝を読んだ私の同級生は内容を彼の奥様との会話の中で話題にした。その後奥様の活動グループの話の中で,葉山小学校に青い眼の人形が陳列されているという話が出て,これをご主人に話をして,自叙伝の中の母と青い目の人形が結びついた。同級生はこの青い目の人形と母を何とか対面させたいと願って小学校と交渉してこの人形を借用することに成功した。また,同級生は母が結婚したお店の魚吉は既に廃業していたがこの家を探し出し,そのときのご主人の子供さんに自叙伝の話をして一度母に会いに来てくれるということまで段取りしてくれた。
 平成23年8月,何も知らない私は同級生と,母が結婚した時の魚吉の当時のご主人のご子息さん(70歳くらいの方)の3人で青い目の人形を持って母の入所先を訪ねた。最初母は何のことかと怪訝な顔をしていた。これなーに?と訝しがっていたが,彼が自叙伝に書いてある青い目の人形のことを説明すると,これは自分が受け取りにいった時の人形だということを漸く思い出してくれて大いに喜んでくれた。そして人形と一緒に青い目の人形の歌を何度も歌った。さらに結婚した時のお店の魚吉さんの息子だというと結婚した当時のこと,お店の場所なども正確に記憶しており,その方と当時の思い出話を楽しそうにしていた。今まで,母が喜ぶ姿はいっぱいあったが,こんなに喜んでくれたことは今までになかったことだ。
 母が自叙伝を発刊したいということを言い出した時,余分な金をかけて発刊することに多少の躊躇があったが,母の喜ぶ姿を見て心の底から感動した。
 私が三九出版さんを知ったのも,母が青い目の人形と再会できたのも,結婚した時のお店の身内の方と巡り合えたのも,ほんの小さな偶然が一本の糸のように繋がって奇跡としか言いようのない現実となって現れた。
 このような素晴らしい感動を経験をすることが出来,私自身の幸せを心の底から噛みしめた次第である。お袋さんありがとう。友達の角田さんありがとう。三九出版さんありがとうございました。感謝。



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