有限会社 三九出版 - 〈花物語〉 オ シ ロ イ バ ナ


















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            〈花物語〉 オ シ ロ イ バ ナ

                    小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

 オシロイバナは不思議な花だ。花びらがない。花びらに見えるのは色づいた萼である。江戸時代には,このオシロイバナの種子から取り出し
た白い胚乳の塊を,柔らかいうちに指で摺りつぶして粉状にし,白粉の代用に使った。
 吉原の傾城屋,丹波屋の抱え女郎に小りんという妓(おんな)がいた。津軽の在所から借金のかたに五年奉公で売られてきた。三年目になる。容姿は褒めるほどではないが,さりとて貶すほどでもない。ただすこしばかり線が細かった。その線の細さがいまひとつ人気をよばなかった。廓の客は,小りんの一挙一動に妻やむすめの影を見て,辛くなるのだろう。店にとっては稼ぐ女郎ではなかったが,穀潰しでもなかった。
 オシロイバナは,小りんの好きな花だった。だから最初,廓の片隅にその花を見つけたときは,ひどく幸せな気分になった。そして長い間,〈夏の午後に,ひっそりと花を開くオシロイバナは,臆病な自分のようだ〉と,小りんは思いつづけてきた。小りんは毎年種子を集めると,在所にいたときのようにオシロイバナの白粉をつくった。その白粉を塗ると,ふる里の野原で遊ぶ自分がそこにいるようで,安心できるのだった。
 今日も,オシロイバナの白粉塗らずにすむ日数えて,小りんは小さなため息をついた。
 ふる里求めて花一文目 ― 。




               

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