有限会社 三九出版 - 修羅場に飛び込め


















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☆〔新作●現代ことわざ〕 

            修羅場に飛び込め

            成田 攻(東京都豊島区)

修羅場(しゅらば)とは,インド神話に由来し阿修羅と帝釈天が争った場所のことで,転じて,血みどろの激しい戦いや争いの場所や場面を意味する。今日,世界の政治場面から個々の人生場面にいたるまで信条,損得,メンツ,愛憎をめぐって日々様々な修羅場が生じている。願わくば,修羅場に関わることなく平穏な人生を送りたいものだ。なのに「修羅場に飛び込め」とはどういうことなのか?
私は既に引退の身であるが,いくつかの外資企業で経営にたずさわり,日本企業のコンサルタントも務めた。私の最大の関心は常に人、とりわけ人材の配置と育成にあった。企業成功の鍵を製品開発力とかマーケティング戦略とか管理会計術などと言う向きもあるが,それらを可とするも不可とするも人次第であるから,私は経営の要諦は人事だと確信している。しかし人は一人として同じではないので,人の活かし方,育て方について書かれた本は山ほどあっても,定説となるものはひとつもない。
ただし,企業において長く社員の採用,配置,育成に関わってきた人なら必ず同意することがひとつだけある。社員の成長に関する経験則である。それは,社員は修羅場体験を通して飛躍的に成長するということだ。修羅場における1年の経験密度は平常時の10年にも匹敵すると言っても過言ではないが,もっと大事なことは,恐らく平常時には得られない質的な成長を遂げるという点だろう。脱皮と表現する方が当たっているかも知れない。それは知識や技能を習得する学習ではなく,「責任を担う」ということを体得することなのだ。責任を果たした自信は社員をひとまわり大きくする。 全力を尽くしてよい結果を挙げられなかった場合にも,潔さを身につけ度量を増す。そして修羅場から逃げ出さなかったことに人々から厚い信頼を得る。担った役割の大小に関わらず,社員は修羅場体験を経て飛躍的に成長し新境地に至るのだ。
今日の企業は常に順風満帆というわけにはいかない。いついかなる理由により不測の事態に陥り,仕事を取り巻く環境が一変し修羅場と化すことも起こり得る。そんなとき,大抵の人はなんとか修羅場に関わるまいと立ち回るものだが,私はいつも若い社員には「修羅場に飛び込んでみろ」と説得してきた。君の勇気に対して会社は必ず報いる,そして君は必ず大きく成長する。事実,そうならなかった例を私は知らない。 
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