有限会社 三九出版 - 隠居の小業  つきつめれば〈教育)か


















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隠居の小業  つきつめれば〈教育)か
          小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

善公 ご隠居,いい日和で……。そろそろ花見の相談でもしますかね。
隠居 世の中不景気風がおさまらないというのに,おまえさんは太平楽でいいね。ですが,こんなときは花見で憂さを晴らすのもいいかもしれませんな。酒代はわたしがもちますから,ひとつよい趣向を考えておくれ。
善公 そうこなくちゃ。あっしら,花見ひとつで悩んでいますが,先ごろ,なんでも1万円が6千万円になったというおひとがいました……。
隠居 ああ,宿泊・保養施設「かんぽの宿」の話ね。ありゃ,べらぼうな話でしたね。そんな話があったのに,そのあと,日本郵政はまたぞろ,施設をオリックス不動産に一括売却するという話でしたな。
善公 そうです。なんでも購入・建設に2400億円もかかったかんぽの宿70施設と社宅9物件を190億円で売るという(朝日新聞/1月30日)……。
隠居 でも,鳩山総務相が待ったをかけた……。日本郵政は入札は適正だったといっていますが,手続きに不備がなければいいというものじゃありません。鳩山総務相は「オリックスの宮内義彦会長は郵政民営化の議論にかかわっており,国民に出来レースと疑われかねない」(朝日新聞/1月30日夕刊)と言っています。それに1万円が6千万円になった例がありますから,売却価格の問題,売却方法(一括方式)の問題,売却時期の問題,売却相手の問題を洗い直し,入札情報の公開を検討することはいいことです。その意味では鳩山総務相の「待った」は評価できます。もっとも,衣の下のなんとかで,あるいは何か魂胆があるのかもしれませんが……。いや,こんな勘ぐりはいけませんね。どうも政治家というとついひと皮もふた皮もめくりたくなります。
善公 でも売却施設全体では毎年40億円から50億円の赤字が出ているそうですよ(朝日新聞「社説」/1月31日夕刊)。だから,損を承知で,という声もありました……。
隠居 それはたしかに問題です。それに従業員の雇用継続も考えなければならないのですから,たしかに早期の解決が必要なんでしょう。でもね,ここまで放ってきたんですから,この不況時にあわてて売る必要もないだろうという声もあります。それよりも,厚生年金の施設が問題になったときもそうでしたが,年金や郵貯・簡保の――いわば加入者から預かった金に損失を与えた責任がいつも有耶無耶にされてしまうことこそが問題だと思いますな。
善公 早い話が,あっしらの花見の金を預かったご隠居が,その金で富くじを買って大外れ。でも,みんなのためを思ってやったことだから許せ,と……。
隠居 おいおい,ひどい譬えだね。まあ,よかれと思ってしたことがうまくいかなかったんだからしかたがないと居直る,という意味でならそうかもしれません。居直るといえば,もともと「わたし」や「あなた」という個であるべき人間が「政治家」や「官僚」という抽象的でしかも括りとしての<肩書き>を背負うと,いつのまにか<数>を恃んで横暴になることが多いですな。
善公 ビートたけしの「横断歩道,みんなで渡れば怖くない」ですか?
隠居 そうそう,「みんなで渡れば怖くない」です。国会だって,衆議院で自民・公明が数で押し切れば,参議院で野党連合が数で押し切る,やっていることは同じで,やられたほうはともに相手を非難します。わたしの恩師はむかし,正義を行うときに「相手は多数 こちらは孤立無援がよい」と言っておりました。これは正義を行うのに同志は不要というのではなく,数が必然的に抱えもつ権力の腐敗構造を見抜いての自戒の言葉です。もうひとつ,「正義は恥じらいながら行うのがよい」とも言っていました。これらふたつの言葉を,それこそ「恥じらい」ながら言われたときの顔をいまでも思い出します。
善公 あっしはいつも「孤立無援」でさ。先日もね,ちょいと手慰みの元手を,と嬶に言ったら,いきなり水をぶっかけられました。
隠居 おまえさんの孤立無援は自業自得。それにしてもこの国は何かがおかしくなっています。「本立ちて道生ず」(論語)――その「本」がおかしくなっているのです。やはり教育の問題ですかな……。みんなが<数>を頼りにするのも,結局は自分というものに自信がないからで,その自信のなさに損得が絡んで付和雷同するという構図です。文部科学省はよく道徳教育の必要をいいますが,徒に徳目ばかりがてんこ盛り。人間はそれなくしては生きられないという「本」のところを二つ三つ,たとえば愛とか誠実とか克己心などを自得させるだけでいいのです。
善公 さて,ご隠居。そろそろ話にオチをつけて,お茶にするというのは如何?
隠居 おいおい,押しかけ客がお茶の催促かい。今日はオチなどありません。一国の首相の品格が「落ち」,景気が「落ち」込んでいるご時勢――これ以上のオチなんぞ,ありゃしませんよ。お茶を飲んだら,さっさとお帰り……。
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