有限会社 三九出版 - 花物語〉    百 合


















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         〈花物語〉  百  合 

          小櫃 蒼平(神奈川県相模原市) 

百合の花というと,まず強烈な香りをおもいだす。つぎに葯の赤黄色の花粉を衣服につけて叱られた子供のころの記憶が呼び覚まされる。百合の種類は多く,世界中で百余種が知られているが,われわれになじみがあるのはヤマユリ,テッポウユリ,ヒメユリなどである。
花田清輝が「鏡の中の言葉」というエッセイに,フランチェスコ一世の宮廷で,レオナルド・ダヴィンチの作った自動人形の獅子が,王の前で後ろ足で立ち上がって敬意を表し,その胸からフランスの国花である百合の花がこぼれ落ちる挿話を書いている。この挿話にはじまる花田の晦渋な論にいまは立ち入らない。問題は百合の花。西洋では百合は輝かしい地位を与えられているが,わが国では格別の扱いを受けていない。
永井荷風は「百合」の中で,「 お前は死んでから、初めて誠の価値を知られた不幸な詩人の詩のやうだ」といい,さらに「僅かに美人の「あるく姿」に譬へられた事があるばかり、嘗て如何なる家族の紋所にも採用された事がない」のは如何にも不審であるといっている。
子供のころ,百合の咲く所には蛇が出る,と言われた。そして(偶然だろうが)山中に遊んでいるときに実際に遭遇した日から,蛇嫌いのわたしは頭の中のみずからの花譜から百合を永久に追放した。花瓶の百合を見ると,いまでもそこに隠れている蛇を想像して脅える自分がいる。 


   ※花田清輝/評論家・小説家     ※永井荷風/小説家
   ※「鏡の中の言葉」/『復興期の精神』(講談社文芸文庫)
   ※「百合」/「日本の庭」(「紅茶の後」)/『荷風全集 第七巻』岩波書店 
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