有限会社 三九出版 - “好機”信ずべからず


















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☆ 〔新作●現代ことわざ〕 

             “好機”信ずべからず 

             浄法寺 信(千葉県八千代市) 

 広辞苑によれば,「好機」とは,良い機会,チャンスとある。やりたいことがあって,それを実行に移すには機会をとらえる,好機を逸しないようにという言い方で使われる。タイミングをみてものごとに着手するという意味である。しかしこれは違う。ものごとを為すにあたって“好機”あるいは良いタイミングなんてないのだ。平素やりたいと思っていることを為すための最適の時期などないのだ。
 あるとき私は思い立って家族を連れて旅に出た。いつか行きたいと何年も胸の内に秘めていたエーゲ海の船旅。年の初めだったこともあり,年休をとる調整に苦労し、妻や子どもたちの予定をやりくりし,詳しい計画を立てないまま,あわただしく出かけた。妻は別世界に目を見張り,子どもたちははしゃぎまわり,私はサントリーニ島から眼下の海に浮かぶ小さな本船を望見して旅費の元がとれた思いになった。この旅行で妻や子どもたちとの濃密なコミュニケーションができ,異国の人たちと触れ合って新たな視野が広がり,次の仕事の構想が湧き出るとともに,野球観戦や夏のキャンプなどその後の家族とのバカンスのアイデアも頭に浮かび,その年は充実したものになった。思いつきで旅に出たのだが,結果はとても良しだった。
 翻って考えてみるに,ものごとを始めるのに,好機という考えはあいまいで漠然としている。為したあと上手くいったので,それは“好機”をとらえたからだという,後付けの言葉,事後の評価に使われる言葉なのだ。なにかを始めるにあたり好機にこだわってはいけない。好機を信ずべきではない。「いずれ」機会をみてとか,「後で」,「退職したら……」という考えは引き出しに閉じ込めておいた方がいい。思いついたら着手すること,「先延ばしの人生計画」は回避しよう。そんな考えになった。
 じっさい,この地球上で自分に残された時間を知る人はいない。今年も親しかった高校同期生が急逝し,2年ほど病んでいた大学同期が薬石効なく亡くなった。自分が思い抱くはるか事前に時間切れになる人は数知れない。
 私は年頭にあたり,その年を自分の人生の最後の年と考えることにした。こう考えると,思いがけなく多くのことが成し遂げられることが分かった。好機にとらわれず,本年すべきことをするように心がけること。最適のタイミングなんてないのだ。 
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