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本物語

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第26号 2009.8.31

歩蓄10年・5000万歩達成!!

佐々木洋太郎

21世紀は,家族の絆とともに自然との共生,健康年齢維持の世紀です。人生の足跡は歩蓄です。その認識がいっそう強まり,私は第二の職場「岩手地所」に勤めた翌年の平成10年10月1日から,朝の出勤の約10キロメートル・14000歩以上を歩くことに挑戦し始めました。
朝の5時過ぎの自宅出発。岩手山,姫神山の見える滝沢村役場近くの自宅のある団地から,滝沢ニュータウンの田んぼを朝6時頃通り,青山町,前九年のバス通りを歩き館坂橋から北上川を眺め,夕顔瀬橋,旭橋を過ぎそ盛岡駅前まで約1時間50分。春夏秋冬,風雨・風雪,梅雨,暑い・寒いの天候にかかわらず体力と気力とで歩き続けています。
その途中結果ですが,平成15年12月末で2900万歩,徒歩累計距離は20400キロメートルを達成しました。そして昨年の10月1日,満10年にして5580万歩,1歩70センチメートルとして約39000キロメートルになりました。
昔,日本国の海岸線を歩き尽くして日本地図を完成させた伊能忠敬は,1800年の数え歳56歳から72歳までの約17年間で約4000万歩・約35000キロメートル歩いたそうです(井上ひさし『四千万歩の男 忠敬の生き方』講談社より)。 歩幅は,2歩で1間・180センチメートルということですから,約90センチメートル。私より20センチメートルも長かったようですが。私が歩蓄を始めたのが前述のように1998年の満年齢56歳。まず目標とした伊能忠敬のこの4000万歩は8年目で達成しました。
出勤時の歩蓄のほかに,休日には筋肉強化にも意識し,ただ歩くだけではなく,3キログラムのダンベルを手に1個,リュックサックに1個入れ,チャグチャグ馬コの蒼前神社など,自宅から半径5キロメートルを自然と共生しながら歩くことを日課とし,平成11年そして15年以後は毎年の小岩井雪まつりにも歩いて往復したりしました。
地球1周は約40000キロメートルといわれておりますが,39000キロメートルを超した今,これを歩き切ることを当面の目標としております。

それにしましても,このように歩くことを決心しましたのは,自然との共生,健康年齢維持のためには歩くこと・歩蓄をというようなことを述べましたが,具体的には遺伝的素因があり,若い時に体力まかせに暴飲暴食したことに起因した糖尿病について,岩手銀行健康管理室の保険婦さんから昭和60年9月20付の『保健だより』を忠告とともにいただいたこと,岩手医大に平成2年と7年に教育入院して,歩蓄することで血糖値の数値が改善されることを自分自身でわかっていたことが主な理由です。
さらにその決心を持続し続けられたのは,両親から受けた頑健な身体があったこと,そして常に悠々と流れ続けている北上川の光景に後押しされたことのお陰だと患っています。決心もその持続も,己の体力と気力にかかっていることを考えた上でのことでしたが,その両方が揃っていたことに感謝しています。
歩蓄の結果,岩手銀行現役時代の平均血糖値・ヘモグロビンAICの数値が,正常だと5.8であるのに比べ,私は9.8と常に高い値が続いておりましたが,現在は6.0前後の数値となっていて,自分では合格点と自負しております。
今後も,私の第三の職場に勤められる体力維持に毎日栄養バランスを考えて食事を作ってくれている妻,娘に感謝するとともに,健康年齢維持の1点に絞って,自然との共生を図りながら,定命まで一歩一歩,あの“四千万歩の男”伊能忠敬に近づける夢を持ち続けて,自分の人生を歩いていきたいと思います。
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