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本物語

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第38号 2012.07.30

日本百名山を目指して

杉浦 捷之

 学生時代にワンゲルに所属し,上越の山々を闊歩したものだ。尾瀬や谷川岳は何度行ったことか。その後就職し,世帯を持つにいたり山歩きもすっかり縁遠くなった。
 定年を迎え,子会社に移り時間的余裕が出来,仕事一筋で来た半生を見直す時期を迎えるにいたり,もっと充実した人生を過ごそうとの気持ちが強くなった。
 たまたま,会社の仲間で種子島にゴルフをとの企画が持ち上がり(2008年4月),私が幹事役になり,催行を任された。種子島に行くなら,ついでに屋久島まで行こうとの話になり,幹事役にとって負担は増す一方。20数名の要求を満たすのは至難の業である。結局,屋久島観光を企画し,宮之浦岳登山組,屋久杉見物組,屋久島周遊観光組に分けた。私は宮之浦岳登山組に入り,九州最高峰を目指した。頂上では暴風雨に見舞われ,山小屋での自炊も苦労した。下山途中に「縄文杉」に出会い,その大きさ,威厳さに感動し圧倒される。
 この宮之浦岳が日本百名山の最南端であることを知り,これを奇貨として百名山登頂をLife Workとすることを人生目標の一つにすることにし,登山再開となった。どの山であろうと登山であることに変わりがなく,百名山に拘ることはない,との良識的な考え方があるが,手ごろな目安として相応しいと判断したに過ぎない。
 学生時代に登頂した山が11座,再開した2008年8座,2009年20座,2010年31座,この年の暮れに妻に突然先立たれ暫く中断。2011・12年に7座,合計77座となった。今年は8・9月で5座計画している。
 登山の醍醐味は何と言っても,登頂後の眺望だ。360度見渡せ,取分け富士山が見えると最高にうれしい。辛い思いをして登る苦労も吹っ飛ぶ。爽やかな沢風は心地よい。高山植物は心を和ませてくれる。行き交う登山客との挨拶も勇気づけてくれる。小鳥の囀りや雷鳥・ホシガラスとの出会いは苦労を癒してくれる。残念なことは常に天候に恵まれることはなく,その確率は3割ぐらいだ。登り始めから下山まで雨にたたられ,暴風雨の中を歩くのもつきもの。運命と受け止めるしかない。特に独立峰の山の悪天候は恐ろしい。風雨が半端でない。台風状態の中を這いつくばって登ることもしばしば。防水も防寒も利かず,ずぶ濡れ。夏といえども体感気温は10度くらいになる。夏山でも低体温症で遭難する事故が昨今多いのも頷ける。山の天候は変わりやすいし,温度変化も激しい。真夏でも3000m級の頂上は零度以下になることも多い。天候には最善の注意をし,引き返す勇気と無理をしない覚悟は不可欠だ。
 山での楽しみの一つは,同じ趣味を共有する仲間ができることだ。メール交換をし,中にはホームページを有する者もいる。また偶然100座目登頂の仲間に出くわすこともある。祝いの幕を掲げ,記念品を頂いたことも。一方辛い出来事もある。塩見岳で一緒に登っていた仲間が急に体調を崩し,動けなくなった。ガイドが山小屋まで担ぎ上げ介抱したものの亡くなられた。心臓病のようだ。持病ではなかったそうだが…。バスの中では一番元気な方だったのに。翌朝ヘリに運ばれ変わり果てた姿で帰宅された。
 ここ数年ハイペースでのピークハントとなったが,これからは年齢を考えあまり無理をしないで,体力作りも心がけ,ゆとりを持って挑戦しようと思う。それは心配する家族の思いでもあり,迷惑はかけられない。老いの目標として100座目を乗鞍岳にしようと決めている。何とか元気なうちに達成したいものだ。
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