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本物語

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第39号 2012.10.15

宮城県山元町での 復旧 復興への歩み

菊地文武

 私が住んでいる山元町では,今回の巨大津波で633名の死者・行方不明者を出しました。また,46%の人達の家屋が水没し,全壊ないしそれに近い状態になりました。その後,瓦礫・ヘドロの始末など復旧への取り組みが始まりましたが,1年半過ぎた今日も,復旧からは遠い状態です。
 仙台市の南約40?に位置する山元町は,基幹産業の中心が農業です(ほかに小規模漁港もあります)。住民のあらかたは仙台や広域仙台圏に就業してきました。本稿では,鉄道と基幹産業である農業に絞って,復旧の現況にふれ,次に復興に向けての私の考えを述べさせて頂きます。

●鉄道の復旧……今回の巨大津波で鉄道が流され, 通勤・通学が困難になりました。当然のことですが人口の流出が加速しました。2010年6月に16,717人だった町の人口は,昨年の6月には14,865人になり,今年の7月には13,998人になりました。就業問題,子どもの高校進学先の状況を見ると,人口減はしばらく続きそうです。
さて,鉄道の復旧ですが,鉄道と駅は従来よりも1?内陸部に移されることになりました。移すことにはしましたが,ここも約2mの津波に襲われた所です。
 現在,測量が終わり用地買収に向けての説明会も始まりました。しかし町内にある2つの新駅舎へのアクセス道路の建設は着手できていません。礫を敷き詰めて嵩上げして線路を敷設し,駅舎などの建設が完了するまでは長い年月を要するのは目に見えています。

●農業の復旧……山元町での農家戸数はそれほど多くはありません。専業・兼業を合わせて860戸ぐらい(農業就業人口は約1,160人)です。しかしその多くない農家が,町の土地資源を手入れして運用し,町の自然を維持してきたのです。農地の復旧があってはじめて自然環境の回復が達成されるのです。
 農地の回復には,まず,運ばれてきた瓦礫を取り除き,積ったヘドロを取り除いて山土を入れる除塩作業などが必要です。現在は,水田地区に関しては,その除塩作業の段階です。
 山元町から隣の亘理町にかけてはイチゴ栽培が盛んで,東北一の規模を誇っていました。今回の巨大津波でイチゴハウスなどの施設は全て破壊されました。老夫婦主体の農家など,かなりの農家が復旧を諦めましたが,若手の農家などが共同経営(会社組織など)による規模拡大と新型の設備で観光的要素を含む経営を目指すなど,“復旧”というより“復興”への活動が活発です。これらの動きは,巨大津波で3年ほどのブランクができたことで市場での評価を失っている上に,原発事故による風評被害で市場への参入が不利になっていることによります。
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