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本物語

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第70号 2021.07.20

〈花物語〉  紫 陽 花

小櫃 蒼平

「紫陽花の醸せる暗さよりの雨」― 紫陽花には,どこか日陰にひっそりと咲く花というイメージがあります。 詩人の萩原朔太郎は,「こころをばなににたとへん/こころはあじさゐの花/ももいろに咲く日はあれど/うすむらさきの思い出ばかりはせんなくて」とうたっています。
 むかし,京の西陣に,ひとりの織り子がおりました。織り子は虹の七色を写しとったような,それはそれは見事な布を織りました。
 ところが,そんな見事な腕をもった,こころ優しい織り子ですが,いつも男には悲しい思いをさせられていました。よく尽くすのですが,なぜかすぐに捨てられてしまうのです。でも織り子はそんな男たちをすこしも怨みませんでした。それだけではなく,不思議なことに男に捨てられたあとは,いつも美しい布が織りあがるのです。
 ある日のこと,機屋の主人は,織り子の男たちへの恋心を断ち切れば,より多くのよい布を織りあげるだろうと,織り子を機部屋に閉じ込めて
しまいました。哀れな織り子はほどなく気の病いで亡くなりました。
 梅雨の季節のある日,織り子が閉じ込められていた機部屋の窓の下に,小さな花弁をつけた,毬のような花が咲きました ― 紫陽花の花。ひと雨ごとに薄紅,薄紫,そして真っ白な花の賑わいを見せました。人びとはその紫陽花の花を織り子の織った美しい布の生まれ代わりと信じたそうな。紫陽花の花が梅雨によく似合うのは,織り子の悲しみが見る者のこころに静かに沁みてくるからです。

※「墓紫陽花に醸せる……」(桂信子/『合本俳句歳時記 新版』角川書店)
 「こころをば……」(萩原朔太郎「こころ」/杉本秀太郎『花ごよみ』平凡社」)
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