本物語
第71号 2021.11.20
〈花物語〉 合 歡
小櫃 蒼平
わたしがまだ子供だったころ(昭和17年ごろ),「ねむの並木を/お馬のせなに/ゆらゆらゆらと」揺られながら,隣の村に嫁入りする花嫁を唄った『南の花嫁さん』という歌がはやった。いまでもふと口遊むことがあるが,わたしはこの歌によって美しい淡紅色の小さな花弁が扇面状にひらく合歡の花を知った。そしてこの花を知ると同時に,花嫁は扇で顔を隠していて,開かれた扇面の上部は合歡の花のように淡紅色に彩られていると,わたしはなぜかそう思い込んだ(小さな男の子の未来の花嫁御寮へのひそかな願望!)。
合歡の花が妖艶と寂寥を併せもつ花だということを知ったのは芭蕉を読んだことによる。芭蕉の紀行文『おくの細道』に,「象潟や雨に西施がねぶの花」の一句がある。芭蕉は象潟の風景を松島に比して「松島は笑ふがごとく、象潟は憾むがごとし」と書いている。その「憾むがごとし」の雨中の象潟は「地勢魂を悩ますに似たり」 ― つまり雨の象潟は一頻り哀切の趣をみせていたにちがいない。芭蕉は雨にうたれる合歡の花に伝説の美女西施の哀婉の姿を見,西施の「あわれ」なたたずまいを象潟の譬喩とした。ところで,雨にうたれる合歡の花の醸しだす明るさを,つぎの二句が鮮やかに描いている ― 「どの谷も合歡のあかりや雨の中」「雨に置く遠流の島の合歡あかり」。どちらも合歡は雨の中。合歡には雨がよく似合う。
※「南の花嫁さん」(唄・高峰三枝子:作曲・編曲・任光 古賀政男:作詞・藤浦洸)
※「象潟や雨に……」(『新版 おくのほそ道』穎原退蔵・尾形仂 訳注/角川ソフィア文庫)
※「どの谷も……」(角川源義)「雨に置く……」(角川春樹)/(『木々百花撰』髙橋治:写
真・冨成忠夫/朝日文庫)
合歡の花が妖艶と寂寥を併せもつ花だということを知ったのは芭蕉を読んだことによる。芭蕉の紀行文『おくの細道』に,「象潟や雨に西施がねぶの花」の一句がある。芭蕉は象潟の風景を松島に比して「松島は笑ふがごとく、象潟は憾むがごとし」と書いている。その「憾むがごとし」の雨中の象潟は「地勢魂を悩ますに似たり」 ― つまり雨の象潟は一頻り哀切の趣をみせていたにちがいない。芭蕉は雨にうたれる合歡の花に伝説の美女西施の哀婉の姿を見,西施の「あわれ」なたたずまいを象潟の譬喩とした。ところで,雨にうたれる合歡の花の醸しだす明るさを,つぎの二句が鮮やかに描いている ― 「どの谷も合歡のあかりや雨の中」「雨に置く遠流の島の合歡あかり」。どちらも合歡は雨の中。合歡には雨がよく似合う。
※「南の花嫁さん」(唄・高峰三枝子:作曲・編曲・任光 古賀政男:作詞・藤浦洸)
※「象潟や雨に……」(『新版 おくのほそ道』穎原退蔵・尾形仂 訳注/角川ソフィア文庫)
※「どの谷も……」(角川源義)「雨に置く……」(角川春樹)/(『木々百花撰』髙橋治:写
真・冨成忠夫/朝日文庫)