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本物語

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第71号 2021.11.20

我が「バレ句」抄

菅原 香風

私の俳句は,ことば遊びでできることが多い。実体験に基づいた句が作れればよいのですが,そうはいきません。もともと,俳句会には,ことば遊びの要素があります。参会者には席題(当日)や兼題(前日までに)が出されます。その題にまつわる体験があればよいのですが,体験がなければ,想像か,ことば遊びで作ることになります。日常の句作でも,ことば遊びは,ボケ防止の役に立つでしょう。
私は80歳を越えましたが,年の功で「下ネタ」の句も,ことば遊び方式で,さらりと作れるようになってきました。この種の句は,「さらりと」が肝心のようです。

すててこを 逆にはいてや ありゃりゃのりゃ
おしっこを ズボンにひっかけ 老いの春
おちんちん うまく振らねば すててこに

「すててこ」は夏の季語です。私はすててこを愛用しておりますが,若者は用いず,パンツの上にじかにズボンをはくのだそうです。そのズボンを何十日も洗濯しないのでは,「御清潔」ではありえません。また,ズボンのことを,近頃はパンツと言うのだそうです。どうして,そのようなあやふやなことばを使うのでしょう。パンツの上にパンツをはいたら,年寄りの言語感覚では「ダブルパンツを食らった」感じになってしまいます。数年前,若者たちは,そのすててこに派手な色柄をつけ,外出着にしてしまいました。それは,今でもはやっているのでしょうか。
私が体の衰えを初めて自覚したのは50歳代半ばでした。朝,ヒゲを剃っている時に,頭のてっぺんに髪の毛がないことに気づきました。それまで,そんな所が鏡に映ることはなかったのです。

髪なきを 知る万感の 朝や秋

これは「上(髪)ネタ」ですが,まもなく下ネタの句もできました。

風邪ごもり 魔羅にも白(しら)毛(が) 増えてきし

永六輔氏が,TBSラジオ「土曜ワイド」で話しておられました。「上野本牧亭(旧)の楽屋にはトイレがない。出演者は客用トイレを共用します。ある日,桂文楽師匠の隣りでおしっこをしました。それは私の自慢です。」私の場合は永氏より格上の体験をしておりました。昭和落語界の,2人の大御所を左右に従えていたのです。

春おしっこ 左文楽 右正蔵

8代目桂文楽師は,私の大好きな落語家でした。持ちネタは少ないのですが,1話を何年もかけて磨きあげて,きっちりとした話芸でした。話の途中で片手を胸元にあてると,一瞬でかわいいおばあちゃんになるのです。晩年,登場人物の名前が出てこず,「勉強し直してまいります。」と言って高座を降りました。そして,長い間闘病していた5代目古今亭志ん生師よりも先に浄土へ旅立ってしまいました。その後20年ほど,私は寄席やホールへ出かけることができませんでした。
8代目林家正蔵(彦六)師は「おまわりさんが落語家になった。」と言われた,真面目(まじめ)な人でした。いつも正義の味方で,ささいなことにもすぐ怒るため,「トンガリ」というあだ名をつけられました。独自の道徳観を持っていて,国鉄(現JR)の定期券は本業(落語関係の仕事)にのみ使い,他用の時は切符を買っていたそうです。地味な芸風でしたが,芝居話や人情話に活路を見いだしました。晩年は,弟子におんぶされて袖に現れ,高座の中央へは這って出て来ました。芸人の執念です。
先日,俳句の本を見ていたら,「おんわれめ ありと思へぬ 女(め)雛(びな)かな」という句に遭遇しました。性教育の女性研究者が「われめちゃん」と命名したことは知っていましたが,「おんわれめ」は初見です。
作句者の田川飛(ひ)旅子(りょし)氏は,加藤楸邨(しゅうそん)主宰「寒雷」の同人。1914年東京生まれ,東京大学工学部出身の工学博士で,油絵を描いて光風会入選,宝生流の謡を吟じ仕舞いを演じる,謹厳なクリスチャンであったといいます。すぐに次の句ができました。

「おんわれめ」と 女雛愛でしは 森繁派?

その2~3日前,何十年か前に制作されたテレビドラマ「大岡越前」を見ていると,昭和の名優,森繁久弥氏が出演していました。長崎から江戸へ戻ってきた老医師の役で,若い娘のお尻に触って,「これが長生きの秘訣だよ。」とのたまいました。晩年の森繁氏は,実生活でも若い女優さんたちに悪さをし,96歳の天寿を全うしました。
ことばにはふしぎな力がありますが,新たに,新鮮な,神聖なことばを知ったら,なにやら,あやしげな,大胆な句ができました。――,そして反省。

おんわれめに 露ひとしずく 春の宵
真面目派の 艶なきバレ句 夕桜
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