本物語
第71号 2021.11.20
量子論でみる社会と経済 ② ヘンリー・フォードの「藁のハンドル」
吉成 正夫
社会と経済を考えるうえで,量子理論は「周囲とどのように関係し適応していくのか」,「どのように変化するか」が大切と示唆しています。
そうした事例として強く印象に残っているのは,自動車王ヘンリー・フォード(1863-1947)の経営哲学です。自叙伝「藁のハンドル」から引用します。
「消費者優先主義」を掲げることはできても実行は難しいものです。それを彼はやすやすと実行しました。
1908年,大量生産方式でT型車を825ドルで発売しました。当時のフォードの賃金は日当2ドルでした。仮に年間300日働いて年収600ドル。賃金から自動車購入のために2割積み立てても自動車を購入するまで7年かかります。彼のモットーは自社の従業員が買える自動車でなければ意味はないというものでした。1914年に日当を5ドルに引き上げ,T型車を490ドルに値下げしました。1919年には、日当を6ドルに引き上げ,T型車をさらに40%値下げしました。つまり294ドルです。賃金の2割を当てると8カ月働けば車が買えます。
ここからモータリゼーションが始まります。ハイウェイができ,遠方の観光地までドライブを楽しむことができました。風呂付き住宅よりも家具や家電製品で豊かな生活を享受する黄金の1920年代を先導したのです。
彼の経営の考え方は,いまの企業経営にも通じます。第一に,自社の従業員は自社の最大の顧客です。第二に,私たちにとって重大な問題の一つは仕事と娯楽,睡眠と食事のバランスをとることです。第三に,自動車通勤による時間の節約で余暇を楽しみ生活の質の向上をもたらします。第四に,資本家が利潤は利潤を生むと考えるからおかしくなるのです。
資本家が「機械と道具を備え,低賃金の労働力を求め,生産した商品を大衆という集団に売りつける」という図式になる。 「企業の所有者」も「従業員」も「購買者層」も一体です。重要なのは「利潤動機」ではなく「賃金動機」です。
高賃金と低価格商品で購買力を増大させることで国が繁栄するのです。利潤は第一次的には企業に帰属するもので,改善によって更なる企業発展の原資となります。
利潤はコスト低下のために使われなければならず,その利益の大半は消費者に還元されなければならない。これは結果として賃金引き上げと同じ効果を持つのです。
ところが利潤動機でスタートすると自ら市場を狭め,ついには自らの首を絞めることになります。
…全く同感です。今の企業はグローバル化の中で安い労働力を求め,低い法人税を要求し,なおタックス・ヘイブンで税支払いを逃れようとしています。その結果,労働者の賃金は低下し,消費者の購買力は低下し,企業利潤の低下を招いています。利潤の低下は金利の低下につながります。利潤率が高ければ資金を借り入れてさらに事業を拡大するはずです。いま資本主義が終焉に向っていると言われる最大の理由です。フォードの指摘は資本主義の核心をついています…。
第五に,企業の最終目標は,頭脳を豊かに自由に働かせる社会を創ることであって経営者は「人間の喜び」に無神経であってはならない。
フォードの革命的な考え方,そして安価な自動車の提供は,アメリカ国民の心情をとらえ,1924年の大統領選挙の筆頭候補になりました。
その後,GMやクライスラーのカラフルなデザインの車が颯爽と走るようになって,さすがのフォードも車のスタイルと美しさを考慮せざるを得なくなりました。
フォードの新型車への期待は大変なもので,1927年12月のA型発表に日には,騎馬警官が出動する騒ぎでした(注)。
(注)「オンリー・イエスタディ」(フレディリック・L・アレン著、筑摩書房、1993)
フォードはモデリングにあまり関心はなく,高級化の流れの中で競争力を失いました。やがて1929年の大恐慌ではさすがの彼も従業員を4分の1に減らさざるを得ませんでした。一大旋風を巻き起こしたフォードも,時代の変化に打ち克つことができなかったのです。時とともに世の中は変化していきます。往々にして成功体験は次世代の信条となりがちです。ケインズは,人が経験則や伝統に頼るのは,安心感を得られるのでやむを得ないところもあると言います。その結果,間違った地図を持つことになり,将軍はいつも前回の戦争を戦おうとし,政府は前回の景気後退と戦おうとするのです。次の行動を起こす時,安心して行動したいとの人の性(さが)を,量子論は戒めています。 (以上)
そうした事例として強く印象に残っているのは,自動車王ヘンリー・フォード(1863-1947)の経営哲学です。自叙伝「藁のハンドル」から引用します。
「消費者優先主義」を掲げることはできても実行は難しいものです。それを彼はやすやすと実行しました。
1908年,大量生産方式でT型車を825ドルで発売しました。当時のフォードの賃金は日当2ドルでした。仮に年間300日働いて年収600ドル。賃金から自動車購入のために2割積み立てても自動車を購入するまで7年かかります。彼のモットーは自社の従業員が買える自動車でなければ意味はないというものでした。1914年に日当を5ドルに引き上げ,T型車を490ドルに値下げしました。1919年には、日当を6ドルに引き上げ,T型車をさらに40%値下げしました。つまり294ドルです。賃金の2割を当てると8カ月働けば車が買えます。
ここからモータリゼーションが始まります。ハイウェイができ,遠方の観光地までドライブを楽しむことができました。風呂付き住宅よりも家具や家電製品で豊かな生活を享受する黄金の1920年代を先導したのです。
彼の経営の考え方は,いまの企業経営にも通じます。第一に,自社の従業員は自社の最大の顧客です。第二に,私たちにとって重大な問題の一つは仕事と娯楽,睡眠と食事のバランスをとることです。第三に,自動車通勤による時間の節約で余暇を楽しみ生活の質の向上をもたらします。第四に,資本家が利潤は利潤を生むと考えるからおかしくなるのです。
資本家が「機械と道具を備え,低賃金の労働力を求め,生産した商品を大衆という集団に売りつける」という図式になる。 「企業の所有者」も「従業員」も「購買者層」も一体です。重要なのは「利潤動機」ではなく「賃金動機」です。
高賃金と低価格商品で購買力を増大させることで国が繁栄するのです。利潤は第一次的には企業に帰属するもので,改善によって更なる企業発展の原資となります。
利潤はコスト低下のために使われなければならず,その利益の大半は消費者に還元されなければならない。これは結果として賃金引き上げと同じ効果を持つのです。
ところが利潤動機でスタートすると自ら市場を狭め,ついには自らの首を絞めることになります。
…全く同感です。今の企業はグローバル化の中で安い労働力を求め,低い法人税を要求し,なおタックス・ヘイブンで税支払いを逃れようとしています。その結果,労働者の賃金は低下し,消費者の購買力は低下し,企業利潤の低下を招いています。利潤の低下は金利の低下につながります。利潤率が高ければ資金を借り入れてさらに事業を拡大するはずです。いま資本主義が終焉に向っていると言われる最大の理由です。フォードの指摘は資本主義の核心をついています…。
第五に,企業の最終目標は,頭脳を豊かに自由に働かせる社会を創ることであって経営者は「人間の喜び」に無神経であってはならない。
フォードの革命的な考え方,そして安価な自動車の提供は,アメリカ国民の心情をとらえ,1924年の大統領選挙の筆頭候補になりました。
その後,GMやクライスラーのカラフルなデザインの車が颯爽と走るようになって,さすがのフォードも車のスタイルと美しさを考慮せざるを得なくなりました。
フォードの新型車への期待は大変なもので,1927年12月のA型発表に日には,騎馬警官が出動する騒ぎでした(注)。
(注)「オンリー・イエスタディ」(フレディリック・L・アレン著、筑摩書房、1993)
フォードはモデリングにあまり関心はなく,高級化の流れの中で競争力を失いました。やがて1929年の大恐慌ではさすがの彼も従業員を4分の1に減らさざるを得ませんでした。一大旋風を巻き起こしたフォードも,時代の変化に打ち克つことができなかったのです。時とともに世の中は変化していきます。往々にして成功体験は次世代の信条となりがちです。ケインズは,人が経験則や伝統に頼るのは,安心感を得られるのでやむを得ないところもあると言います。その結果,間違った地図を持つことになり,将軍はいつも前回の戦争を戦おうとし,政府は前回の景気後退と戦おうとするのです。次の行動を起こす時,安心して行動したいとの人の性(さが)を,量子論は戒めています。 (以上)