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本物語

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第71号 2021.11.20

あるボケ老人のつぶやき

鈴木 雅子

今年93歳になった。長生きしたものである。父は97歳,母は91歳で死去したから,私は父には及ばないが母よりは長生きしており,もう少し生きていられるかも,と思うこの頃。ともあれそれほど遠くないその日までに身辺整理はしておこうと,このところ毎日自室を片付けている。 ところが, 記念にとか後でじっくり読もうとかで,色々取っておいた切り抜きが案外沢山あって,その片付けも一仕事。使用ずみノートにそれらを貼っていたのだが,それが何冊も出てきて,それらをまとめて束ねた。貼ったことに満足して読み返したり調べたりしなかったのだ。本ではないし糊で貼ったものなので,やはり燃えるごみだろうと思いながら束ねた。旧制の女学校時代は戦争中だったから,文房具屋さんで買った雑記帳は表紙に兵隊さんの絵が描いてあって,あの時代を思い出して感慨を覚え,結婚後も続けていたものは子供達のアトムやオバQの表紙のが混ざっていて面白く,パラパラめくると,その時々の気になった記事は今読むとそれなりに心に残り,つい読んでしまったり……
食べ物関係の切り抜きでは,昔のものは戦争中の食糧不足を思い出させるものばかりで,それなりにあの時代を反映していて,そういう面での価値はあったのかもしれないが,その一つ一つに年月日は記さなかったから資料としては多分無理であろう。他のも,もう今後余り参考にして料理することも無いだろうし,先日来,早々とごみとして処分した。それでも残ったのが何冊かあるのだ。アサッテ君やフジ三太郎などの連載漫画は暇つぶしに見るのにもってこいだから取っておこうと居間兼食堂の横の棚に並べた。残ったのは動物ごよみ(昭和47・朝日)とか動物日記(昭和49・朝日タウンズ)など。これも結構面白いので時々見ることにしようか。ところが何と亡夫が切り抜いていた大番(昭和32・週刊朝日・獅子文六)の束がドサッと出てきてギョッとした。仕方ない,これも暇つぶしの種とするかと,しばらく横に置いておく。……そうして残りは?……やっぱり処分することになるだろう。いけない,いけないと目をつむって縛る。そんなことの繰り返しで一日が過ぎてしまいそう。思い切りの悪い年寄りである。そうこうしているうちにもう夕方。マスクをして出かけるのがおっくうで,このところ買物にも行かなかったから冷蔵庫の片付けを兼ねて残り物で工夫しようと心の中で,ていよく言訳したりして……。そんなわけで年寄りでもやる事はありすぎて結構忙しいのである。残った者に迷惑をかけたくないのに部屋がさっぱりと片付くのはいつになることやら。
コロナ騒ぎで「また花を見に行きましょう」と約束していた旧友とも会えず,(部屋の片付け中で,その時々に記録したノートがどこにまぎれこんだか見付からず,詳しく記せないのが残念だが,)はじめはやさしい山からと,誘ってくれた友人は四方の山々を,地図を見ながらあれが○○山,その隣は○○山だと教えてくれたが,私は一面に咲いている山野草の方に目がいって嬉しかったものだった。華やかというよりは,つつましく咲く山野草,螢袋・松虫草・撫子(なでしこ)・桔梗(ききょう)・女郎花(おみなえし)・巴(ともえ)草(そう)・ちだけさし・風(ふう)露(ろ)草(そう)その他いろいろ。高山植物の本で調べて覚えたものだが,ボケが進み,花の名が今はすぐに口に出なくなってがっくりしている。でも私が花屋さんに並ぶ華麗な花々より,清楚な野の花の方が好きなのは,子供時代,小学生の頃,ゴルフを楽しんでいた父が,山中湖の上のゴルフ村に小さな山小屋を建て,そこから湖岸を一周したり,近くの低山に登ったり,山野を歩き廻っていたので,そのおかげであり,またそのおかげで足も丈夫で,みんな父のおかげだと嬉しく,また有難く思い返している。
山行きを誘ってくれた友は皆亡くなり,私一人が生き残ってしまった。その後は,フラワーショウの入場券が手に入ったと誘って下さる友人もあってアヤメとかバラとか一緒に見に行ったり,同級で一つ年下の(だからこの友ももう90歳を超している)友人と同窓会の山の家から近くの山野を散策したりしていた。それがコロナ騒ぎで電話や手紙とかのやりとりになり,以前に比べるとやはり淋しい。お互いに90歳を超してしまった友人同士。このまま会うことなく死んでしまうのかな。それでは余りにわびし過ぎて悲しい。こんな心残りのまま死ぬわけにゆかないナ,と又々思う。
夕食の片付けを終えてからふと思った。ハテ夕食のおかずは何だったっけ。さっき自分で用意して食べたばかりなのに……そんな時痛切にボケを実感する。高齢でも元気に生活しておられる方も多いだろうが,多くの人は年相応にボケるのでは? なんて都合く考えたり, 私も今はまだ一人で買物に行き, 機械相手の精算も何とかこなし,家にちゃんと帰ってこられるだけでもよしとしよう。それから先は? 凡人の私は答えられない。やっぱり神様の思召しのままに,というより他なさそうである。(その時々にまじめに生きてきたつもりだったが,神様はどう見ておいでだろうか。)
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