本物語
第71号 2021.11.20
留学生の英語教育こぼれ話
三浦 弓杖
私の専門は,日英米のダンス教育の比較研究です。従って英語の論文や文献を読む機会が多く,英語力を高める必要がありました。昔のことになりますが,文部省派遣長期在外研究を許可され,1980年2月,シカゴオヘア空港乗換で,気温-20℃,ウイスコンシン州の首都マジソン市にある大学に到着しました。鼻の穴からまつ毛まで氷る寒さでしたが,美しいメンドウタ湖に面し,校舎間に広い庭園のような傾斜をもつ総合大学でした。ダンス学部は街に隣接し,英文学部は丘の上,体育学部と農学部は丘を越えた先にありました。早朝にはリスが食事に走りまわり,兎がじっと眺め,木々には透明な氷がはりついてシャンデリアのように輝き,陽がさすと幻のように消え去ります。
○第Ⅱ外国語の授業(英語を母国語としない留学生のための英語の授業)
通年週1コマがあります。分からない時には Could you say that again please? とか Who use a computer at home?等の文を覚えて,日常的な会話ができるようにします。
○夏季集中講座〈朝7:30~12:30〉(通称地獄の八週間)の開催
これから大学に入り講義についていけるようにする授業です。100人を超える受講希望者がいて,大講堂で「ヒヤリング」や「リーディング」のテストが行われ,成績順にAからFまで6クラスに分けられます。Fクラスは,アメリカ人と同等の語学力のある人達です。テストですので実力が出せなかった人,力以上の点を得た人もいるので,クラス変更を申し出ることができますが,教官たちの審査があります。
夏季講座の教科は,「グラマー」「ヒヤリング」「英作文」「発音」などに分かれています。何と言っても「ヒヤリング」は難しく,米国人は多少早口で,巻舌です。シカゴ空港での出来事です。ホテル予約のことで交渉していたのですが,聞き取りができませんでした。その時空港の方が「あなたが言って相手に聞いてもらう方が良い」とアドバイスして下さり,すぐ解決でした。
「リーディング」は,アルファベット使用の国の人は,文を読むのが速いです。ドイツ人は難しい単語を知っているので, 「どうして?」と聞くと「うちの国とスペルが同じで発音が違うだけ」ということも多々ありました。
また先生から,長文を読むときは1回目は分からなくても通して読む,2回目は「例えば」とか,「反対に」という言葉の後には,必ずやさしい例示があるから,おおよその意味が分かる筈,3回目は徹底的に辞書をひいて調べること,と言われました。これはとても重要なことと納得しました。
「英作文」は私の一番好きなものでした。教官からは,「カルチャー ショック」とか「○○をつくる」などの大きなテーマが出されます。ある日本人の医師が,カルチャーショックとは“身体に異物が入った時に起こる反応”と医学的な論文調で書いて,ここは何の授業だったかなと仲間に大笑いされました。私は「○○をつくる」という課題の時に,「地震国の日本に何故高層ビルが建てられたか」という作文を出しました。「有名な建築家丹下健三氏が,お寺の五重塔が,何故何百年も倒れないのか不思議に思われ研究し,建物が柔構造であることを発見したから」という話を書きました。興味深い内容で,文の構成もよいから,文法上のケアレスミスがみられるけれどと赤ペンが入りましたが,書き直し,再提出を要求されませんでした。
最後は「発音の矯正とスペルミスの注意」でした。私は「SとSH」「RとL」の区別ができず,アラブ人は「PとB」の区別,スペイン人は「YとJ」,オーストラリア人は「エとア」と,夫々の国に不得意な発音があります。オーストラリアから来た女性が,I come to America today. の「ツデー」を「ツダイ」と読むので,エッ,死にに来たの?とびっくりでした。
私にはShとS多用の早口言葉,She sells seashells on the seashore. が与えられて苦労しました。
すべての授業が終了して,打ち上げパーティの準備となって,夫々持参するものを決め,係の人が板書しました。「先生はdesert(砂漠)」と書いたら,「私は砂漠は持ってこられない」と言われて,やっとデザートはdessertだと気づく有様でした。
山のような宿題,朝は7:30からの授業,そして一日中英語づけの8週間でしたが,いろいろな人種,いろいろな年齢,いろいろな文化,初級から上級までの英語能力の異なる人達は,一人では越えられない大きな壁を乗り越えた喜びに溢れていました。
○第Ⅱ外国語の授業(英語を母国語としない留学生のための英語の授業)
通年週1コマがあります。分からない時には Could you say that again please? とか Who use a computer at home?等の文を覚えて,日常的な会話ができるようにします。
○夏季集中講座〈朝7:30~12:30〉(通称地獄の八週間)の開催
これから大学に入り講義についていけるようにする授業です。100人を超える受講希望者がいて,大講堂で「ヒヤリング」や「リーディング」のテストが行われ,成績順にAからFまで6クラスに分けられます。Fクラスは,アメリカ人と同等の語学力のある人達です。テストですので実力が出せなかった人,力以上の点を得た人もいるので,クラス変更を申し出ることができますが,教官たちの審査があります。
夏季講座の教科は,「グラマー」「ヒヤリング」「英作文」「発音」などに分かれています。何と言っても「ヒヤリング」は難しく,米国人は多少早口で,巻舌です。シカゴ空港での出来事です。ホテル予約のことで交渉していたのですが,聞き取りができませんでした。その時空港の方が「あなたが言って相手に聞いてもらう方が良い」とアドバイスして下さり,すぐ解決でした。
「リーディング」は,アルファベット使用の国の人は,文を読むのが速いです。ドイツ人は難しい単語を知っているので, 「どうして?」と聞くと「うちの国とスペルが同じで発音が違うだけ」ということも多々ありました。
また先生から,長文を読むときは1回目は分からなくても通して読む,2回目は「例えば」とか,「反対に」という言葉の後には,必ずやさしい例示があるから,おおよその意味が分かる筈,3回目は徹底的に辞書をひいて調べること,と言われました。これはとても重要なことと納得しました。
「英作文」は私の一番好きなものでした。教官からは,「カルチャー ショック」とか「○○をつくる」などの大きなテーマが出されます。ある日本人の医師が,カルチャーショックとは“身体に異物が入った時に起こる反応”と医学的な論文調で書いて,ここは何の授業だったかなと仲間に大笑いされました。私は「○○をつくる」という課題の時に,「地震国の日本に何故高層ビルが建てられたか」という作文を出しました。「有名な建築家丹下健三氏が,お寺の五重塔が,何故何百年も倒れないのか不思議に思われ研究し,建物が柔構造であることを発見したから」という話を書きました。興味深い内容で,文の構成もよいから,文法上のケアレスミスがみられるけれどと赤ペンが入りましたが,書き直し,再提出を要求されませんでした。
最後は「発音の矯正とスペルミスの注意」でした。私は「SとSH」「RとL」の区別ができず,アラブ人は「PとB」の区別,スペイン人は「YとJ」,オーストラリア人は「エとア」と,夫々の国に不得意な発音があります。オーストラリアから来た女性が,I come to America today. の「ツデー」を「ツダイ」と読むので,エッ,死にに来たの?とびっくりでした。
私にはShとS多用の早口言葉,She sells seashells on the seashore. が与えられて苦労しました。
すべての授業が終了して,打ち上げパーティの準備となって,夫々持参するものを決め,係の人が板書しました。「先生はdesert(砂漠)」と書いたら,「私は砂漠は持ってこられない」と言われて,やっとデザートはdessertだと気づく有様でした。
山のような宿題,朝は7:30からの授業,そして一日中英語づけの8週間でしたが,いろいろな人種,いろいろな年齢,いろいろな文化,初級から上級までの英語能力の異なる人達は,一人では越えられない大きな壁を乗り越えた喜びに溢れていました。