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本物語

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第71号 2021.11.20

田舎暮らし どうなの?

渡辺 生子

今日は集落の草刈りの日,道路、側溝と約6キロに亘る草を刈り取るのです。朝は5時半集合。集落32戸,全員参加が原則です。5時半,あれ!とっくに作業が始まっているよ。田舎の朝は超早い。
東京からこの地へ移住して10年が過ぎた。今流行りの田舎暮らしに憧れ,豊かな自然の中でゆったりとした時を過ごしたい!何とも単純な思い付きで来てしまった。
 最初の難関は方言だった。子どもたちが話している。「うちのピーちゃんは」「うちもピーちゃんが」なんだなんだ,この地域はどこの家でもピーちゃんという鳥を飼っているのかな? ぴーちゃんとはひいおじいちゃん,ひいおばあちゃんのことだと解ったのはそれからしばらくのことでした。農業を知らずして解読することはできないこともようやく分かってきた。 「かばね干す」というのもその一つ。農作業をさぼって,畔で体を干している様を言うそうだ。転じてサボルことをさす。なかなか方言も奥が深いことを知るようになった。今では方言も「いずい」の初,中級コースを卒業し,上級コースへと。しかしこれが難問。まず聞き取れない。「つづ?」土,筒,地図その場面,場面で想像するのであります。
そして地域の濃い関係。説明しなくてもわかり合える関係があるということ。たとえば冬の朝の挨拶。「今日は一番だ」「んだ。一番だ」何が一番かというと今朝の寒さは一番寒いということです。「よすおさんが病院入った」と言えば,どこの誰と言わなくても○○よしおだと理解しているのです。
集落の一番の楽しみは運動会と芸能祭り,それはそれは大変に盛り上がる行事です。70代の爺さんがバレーボールでジャンプしてアタックするのにはびっくりです。ただの紅白玉入れにも力が入ります。誰と誰は玉を拾う役,誰それに玉を渡して誰が篭に投げ入れるかまでの分担をきっちり決めて行きます。実際にゲームが始まるとシッチャカメッチャとなりますが,それがまた笑えます。
そして芸能祭り,こんなに伝承されている芸能が数多く残っていることに驚きます。子どもたちが踊る鳥舞。そして大人神楽。芸能がこんなに身近にあることを知りました。東京では芸能とはお金を払って見に行くもの。ここではみんながやる芸能,みんなが主役という大きな違いがあるのです。文化とはカルチャー。そうです,耕すから転じているのです。そのことが実感できるのも田舎だからなのです。 
でもでも,私にとって感動の日々がこの10年間に急速に消えて行こうとしているのを目の当たりにすることになったのです。
第一に農業の衰退です。生業としての農業は家族全員が携わることから始まります。子どもたちは牛にエサをやり,じいちゃん,ばあちゃんは草を抜き,自然に分業して成り立っていたのです。三世帯揃い組の大家族が当たり前,隣の家は10人家族です。この土地にコメを作り,野菜を育てる必要が無ければ,ここに存在する意味が無くなります。若い人は外に出て働き,家庭を持ち,都会と同じ生活を始めています。
大家族から小家族への変化は運動会もなくなり,芸能祭りも無くなりました。コロナが後押ししたこともありますが,一番の原因は農業の衰退にあるのです。
自然の豊かさは,何よりも素晴らしいと感動していた10年前。9月の稲の実りは黄金色,もっとも輝く季節だった。どんどん田んぼが放置された今,一面に柳が生い茂ったのもあっという間のことでした。
この地域では刈り取った稲をほんにょ(・・・・)という棒かけスタイルの干し方をしていました。ほんにょ(・・・・)がズラリと並ぶ様はまさに秋の東北の風物詩でした。今はどこにも見ることができません。
我が家でも田んぼを借りての3反農業者の一員です。今は珍しいと言われる手押しの田植え機など,人力が必要な機械を揃えての出発したあの時から,自分たちも年を重ね齢70を超えるようになった今は,稲刈りもコンバインに頼り,人の助けを借りてようやく維持しています。自分もまた歳をとるということに気付き始めた今日このごろです。
この10年の急速な変化は,特に田舎を直撃しています。昔からずっと変わらず続けてきた生業,生活,家族が根底から失われているのです。何でも手作りが当たり前
の生活,家族が助け合い,集落の人が助け合ってきた生活はどんどん消えていきました。この時流に抗うことが出来ないかもしれない。それでも私はここが好き。この生き方を選択したことに間違いはなかった。この自然を,この人が紡いできた生活を私は受け止めたい。もう都会には戻れない。
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