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本物語

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第72号 2022330

〈花物語〉    名もなき花

小櫃 蒼平

 「名もなき花」という言葉がある。もちろんそのような花があるわけではない。ある植物学者が「名前のない花などない。花にはみな固有の
名がある」と言っていたが,もっともなことである。しかしわれわれが知っている花の名は尠い。だから道端で出会う小さな花を「名もなき花」とよぶのは余儀ない便法であるが,それらの花が見せる可憐さ,けなげさ,ときに哀れさは,わたしのなかでたしかな記憶になっている。
 わたしの母はその「名もなき花」のひとつだった。明治41年にこの世に生を承けたその小さな歴史 ― 硝煙の臭いのする歴史は,結婚して4年目に29歳で戦争未亡人になり,支那事変,第二次世界大戦の激動期に女手ひとつでわたしと弟を育て上げ,百歳を目前に大往生というものであったが,その一生,はたして倖せであったかどうか……。
母は娟介固陋であった。亡き夫の形見を守るに必死な姿勢がもたらしたものだったのだろう。 「ひと様に後ろ指をさされるようなことをする
な」が口癖であったが,それは赤紙一枚で夫を使い捨てられた国家への,母の屈折した意地の表現であり,矜持であったような気がする。
 そんな母にもかわいいところがあって,水菓子が好きだった母は,戦時中,たとえば貴重だった到来物の柿を目前にして「柿の果芯の白い部
分を食べるとのどに巻きつく」と子を脅かした。いまはその荒唐無稽を笑えるが,爾来わたしは何となく柿を目の前にすると臆病になる。
 晩年は身内で〈長老〉とよばれ,恥じらいつつも,満足そうだった。
何かのおりに石川啄木の「たはむれに母を背負ひて/そのあまりの軽き
に泣きて/三歩あゆまず」を思い出して,妙にうろたえる自分がいる。
※「たはむれに……」(「我を愛する歌」/『一握の砂・悲しき玩具』新潮文庫)
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