本物語
第72号 2022330
私の俳句(俳句は日記)
木山 征四郎
私の俳句,五七五は小学五,六年生の頃から始まったように記憶している。私が生まれ育った中国山脈の麓の小さな村では小学校中学校の文化祭は合同となっていた。私は画(が)と俳句(五七五)を得意とし,「新調の脱穀機見る兄の笑顔」が初めての金賞句。新調(・・)の(・)脱穀機(・・・)見る(・・)の上五中七は多分母の教示ではなかったか?(長兄が木山家十一代を継ぐべき農業高校の入学祝が自動式脱穀機)。
高校大学への約十年間は俳句とは疎遠。しかし年賀状だけは手描きに画と句らしき詩(うた)を入れ今日まで続いている(続けている)。
昭和の後半(50年頃)から平成前半(20年頃)に至り俳句ブームが到来する。多聞に漏れず私も会社の句会や勉強を旨とする結社に入会することになる。「勉強」とは,つとめて強くなること,俳句ではつとめて上手になること。
俳句の世界には俳句特有の言葉(諺(ことわざ))がある。
一、俳句は世界で最も短型の文芸
一、俳句は日本特有の文芸
一、俳句は韻文にして散文にあらず(必ず切れ(・・)を有する。)
一、俳句は本来布衣(ほい)(木綿の着物であり無官である庶民のこと)の文芸
一、句は授かるもの
一、句は自信を持って名告(なの)るべし 等々。
「俳句は日記のようなもの」について少々述べてみたい。本来日記はその日の出来事を主体に夜に記するのであるが,句日記ともなれば今日は何の日,今日の季題や季語は何,と朝より記するようになる。(日記も俳句も365日)
私の俳句の参考書は歳時記は勿論であるが,その他に『ことばの歳時記』(金田一春彦),『話のネタ365日 今日は何の日』(PHP研究所),『俳句365日 子規 虚子に学ぶ』(週刊俳句),『まいにちの季語』(主婦の友社)の五冊が基本である。
また,本来日記は人様に見せるものではないのだが,私の場合はその日の一句を見て貰いたい誉めてほしいと願いながら綴るのである。
扨て私の俳句暦も今年で半世紀を余すまでになっている。その間大きな出来事が二つ程あった。一つは平成10年,結婚25周年(銀婚)を記念して吾家を新築。それと相俟っての句・画集『出合ふ』の出版である。(句・画集はカラープリントにて予想外の費用に驚く。)もう一つは平成16年東京臨海ロータリークラブより10周年記念の講演(卓話)依頼があったこと。卓話のタイトルを『出合ふ』と決め,準備万端にして挑んだ。さてどうにかこうにかの成果のうちに無事終了したのであった。(御車代,向島の料亭に芸者衆をあげての礼宴)。こうした講演は二度と来ないであろう,私には…。と思っていたが,最近老人クラブより「閑話」としての俳句をとの話が舞い込むようになった。しかし私には難しい話は出来ず,「句座楽しきに健吟生まる」を心情に話をすすめることにしている処である。
私の俳号は「杣人(そまじん)」で,本名の姓・木山を横一文字に杣(そま)とし,故郷の中国山脈の麓の山村に生まれた人の意をふまえて「杣人」。(気に入っている。)
それから,上記の句集や講演のタイトル『出合ふ』は,人々はもちろん万物自然(花鳥諷詠)との出合いの中に句は生まれることからつけたものである。
五十数年に亘る句歴にも拘らずあまり上達はしていないが,たまに地方新聞,機関誌の掲載に悦ぶところである。
コロナ禍の続く今日,吟行,句会の中止,休会,延期とやらに淋しい限り。なれど「素直(すぐ)」なる心が人様に解ってもらえることを心情に続けて行くつもりである。
最後にここ一年間の句を名告らせて戴きペンを置くことにする。
一、「三密」てふ新語流行りて漱石忌 一、春の夜の震度六てふ訪問者
一、不許葷(くん)酒(しゅ)入山門初桜(葷酒山門に入るを許さず。(※「葷」はにんにく等精力のつく食べもの)
一、老いらくの恋貪(むさぼ)らん朝寝して 一、オンライン授業が日課風薫る
一、河童忌や庭の胡瓜のひん曲がり 一、鳴き止まぬつくつくぼうし敗戦忌
一、ずずずいと相寄る二峰年はじめ
○ 私杣人今年80歳
一、さあ八十路ならば末広大旦(おおあした) 一、去年今年「もう」と思えば下り坂
一、春八十(やそ)路(じ)「まだ」と思えば上り坂
高校大学への約十年間は俳句とは疎遠。しかし年賀状だけは手描きに画と句らしき詩(うた)を入れ今日まで続いている(続けている)。
昭和の後半(50年頃)から平成前半(20年頃)に至り俳句ブームが到来する。多聞に漏れず私も会社の句会や勉強を旨とする結社に入会することになる。「勉強」とは,つとめて強くなること,俳句ではつとめて上手になること。
俳句の世界には俳句特有の言葉(諺(ことわざ))がある。
一、俳句は世界で最も短型の文芸
一、俳句は日本特有の文芸
一、俳句は韻文にして散文にあらず(必ず切れ(・・)を有する。)
一、俳句は本来布衣(ほい)(木綿の着物であり無官である庶民のこと)の文芸
一、句は授かるもの
一、句は自信を持って名告(なの)るべし 等々。
「俳句は日記のようなもの」について少々述べてみたい。本来日記はその日の出来事を主体に夜に記するのであるが,句日記ともなれば今日は何の日,今日の季題や季語は何,と朝より記するようになる。(日記も俳句も365日)
私の俳句の参考書は歳時記は勿論であるが,その他に『ことばの歳時記』(金田一春彦),『話のネタ365日 今日は何の日』(PHP研究所),『俳句365日 子規 虚子に学ぶ』(週刊俳句),『まいにちの季語』(主婦の友社)の五冊が基本である。
また,本来日記は人様に見せるものではないのだが,私の場合はその日の一句を見て貰いたい誉めてほしいと願いながら綴るのである。
扨て私の俳句暦も今年で半世紀を余すまでになっている。その間大きな出来事が二つ程あった。一つは平成10年,結婚25周年(銀婚)を記念して吾家を新築。それと相俟っての句・画集『出合ふ』の出版である。(句・画集はカラープリントにて予想外の費用に驚く。)もう一つは平成16年東京臨海ロータリークラブより10周年記念の講演(卓話)依頼があったこと。卓話のタイトルを『出合ふ』と決め,準備万端にして挑んだ。さてどうにかこうにかの成果のうちに無事終了したのであった。(御車代,向島の料亭に芸者衆をあげての礼宴)。こうした講演は二度と来ないであろう,私には…。と思っていたが,最近老人クラブより「閑話」としての俳句をとの話が舞い込むようになった。しかし私には難しい話は出来ず,「句座楽しきに健吟生まる」を心情に話をすすめることにしている処である。
私の俳号は「杣人(そまじん)」で,本名の姓・木山を横一文字に杣(そま)とし,故郷の中国山脈の麓の山村に生まれた人の意をふまえて「杣人」。(気に入っている。)
それから,上記の句集や講演のタイトル『出合ふ』は,人々はもちろん万物自然(花鳥諷詠)との出合いの中に句は生まれることからつけたものである。
五十数年に亘る句歴にも拘らずあまり上達はしていないが,たまに地方新聞,機関誌の掲載に悦ぶところである。
コロナ禍の続く今日,吟行,句会の中止,休会,延期とやらに淋しい限り。なれど「素直(すぐ)」なる心が人様に解ってもらえることを心情に続けて行くつもりである。
最後にここ一年間の句を名告らせて戴きペンを置くことにする。
一、「三密」てふ新語流行りて漱石忌 一、春の夜の震度六てふ訪問者
一、不許葷(くん)酒(しゅ)入山門初桜(葷酒山門に入るを許さず。(※「葷」はにんにく等精力のつく食べもの)
一、老いらくの恋貪(むさぼ)らん朝寝して 一、オンライン授業が日課風薫る
一、河童忌や庭の胡瓜のひん曲がり 一、鳴き止まぬつくつくぼうし敗戦忌
一、ずずずいと相寄る二峰年はじめ
○ 私杣人今年80歳
一、さあ八十路ならば末広大旦(おおあした) 一、去年今年「もう」と思えば下り坂
一、春八十(やそ)路(じ)「まだ」と思えば上り坂