本物語
第72号 2022330
『百歳以前』(文春新書)を読んで
吉岡 昌昭
旧臘10月,文藝春秋社から『百歳以前』という新書が出た。著者は徳岡孝夫,土井荘平,共に91歳。二人は大阪府,旧制北野中学で同級生である。
私は若い頃から徳岡さんのファンで,長いこと月刊誌『諸君』(文藝春秋社,現在は廃刊)の愛読者で,いつも巻頭のコラム「紳士と淑女」を楽しみにしていた。後に筆者が徳岡さんだと知りずっと尊敬している。氏は元々毎日新聞の記者で,多くの特ダネをものにし,また,翻訳家として数々の著書を出版,インテリの間で人気があった。 昭和45年11月,三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で割腹した時,三島が徳岡さんに遺書を託していたことも有名である。徳岡さんは数年前から視力を失っており,原稿は電話で土井さんに語り,土井さんはそれを書き電話で読み上げ確認する。
本書で徳岡さんは記者時代の経験を語るが,これにより読者は過去の歴史的事象を思い出しながら,再学習することで時代を振り返る。
二人の中学時代は太平洋戦争の真最中で,授業は無く,軍需工場へ動員そして米軍のB29に追われる日々。共に敗戦で自由を取り戻し,ほっとした世代である。だが,戦後はそれまでの価値観が一変し,戸惑いの多い青春だったがオーソドックスに生きてきている。
本書発刊の前にも,共著で『夕陽ヶ丘』(鳥影社2020年)があるが,これも大阪弁で語り,二人の根っこには関西の文化があるのだろう。
本書は22編からなり,いずれも読み応えがあるが,徳岡さんの著で私が特に感じ入ったのは「真の英国紳士」,「政治家が死んだとき」,「政治家の表と裏」である。「真の英国紳士」はベトナム戦争取材時の体験。現地で砲弾飛び交う混乱の中,米軍ヘリコプターで命がけで脱出する時,非常事態なのに英国の記者がハンデのある人をいたわる場面を目の当たりにしたこと。「政治家が死んだとき」は,徳岡さんが1964年東京オリンピックの際,聖火リレーの取材でニューデリーに寄った時,現地の好意で故ネール首相(1964年5月死去)の執務室に案内されたとき,ネール首相の死に涙する人を見て,偉大な政治家と国民の関係を考えさせられたという。また,「政治家の裏と表」は,若い頃,米司法長官ロバート・ケネディが沖縄返還の事前打ち合わせで来日した際,当時の田中角栄自民党政調会長の沖縄返還と憲法9条改正発言が国内で大問題になった。徳岡さんは機会を得て,直接ケネディ司法長官にインタビューし発言の有無を確認しそれを記事にするが,上司の指示で没。その時,「政治というものはあったことをない、なかったことをある、とするちからがある」と気づき,政治にはそういうことも必要だと思うようになったという。
土井さんは,同人誌『文学街』(令和2年10月,360号で終刊)を通じて存じ上げているが,氏は若い頃作家を目指し創作に励んだが,実生活で結婚,妻の出産となると現実は厳しくやむなく就職。生来,真面目だから以後仕事に邁進。気が付くと60歳を過ぎており,それからの再スタートだった。元々書くことは好きで頼まれるとエッセイや軽いコント風の読み物を書いていた。『文学街』では小説を書いていたが文章は簡潔でリズムが良く,多くの読者を得ていた。
本書で,土井さんは老人の日常を書いているが,これは単なる身辺雑記ではない。老いた今,毎日介護スタッフに支えられながらの生活で,独り身からくる孤独感や認知症に対する不安等,日常感じたことを素直に書いている。氏のエッセイの根底には日頃世話になっているヘルパー介護士への感謝とリスペクトがある。土井さんによれば,介護に携わる方たちの仕事はとてもつらいものがあると思うし,嫌な年寄り相手にでも親切に対応してくれるので有難いが,別の観点から見れば努力に比して報われることの少ない仕事である。しかし,「それがないと年寄りは生きられんのですよ」と土井さんは言う。土井夫人も生前よくデイサービスの世話になっていたが,現在は自分がお世話になっており,施設は今や社会的に絶対必要なものになっている。そこで,介護に携わる人たちとの関わり合いを,親愛を込めてユーモラスに書いている。
読後感じたことは,人生で大事なのは“目標”を持つことであり,具体的には
1.人生はその時,その場で真面目に(一所懸命)生きる。
2.知識と経験が人生を豊かにする。
3.人は出会いと別れ。友人を大切にする。
ということであろう。要は老境に入ってから日常をどう過ごすかであり,目標が人生を豊かなものにしてくれるというように感じた。
私は若い頃から徳岡さんのファンで,長いこと月刊誌『諸君』(文藝春秋社,現在は廃刊)の愛読者で,いつも巻頭のコラム「紳士と淑女」を楽しみにしていた。後に筆者が徳岡さんだと知りずっと尊敬している。氏は元々毎日新聞の記者で,多くの特ダネをものにし,また,翻訳家として数々の著書を出版,インテリの間で人気があった。 昭和45年11月,三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で割腹した時,三島が徳岡さんに遺書を託していたことも有名である。徳岡さんは数年前から視力を失っており,原稿は電話で土井さんに語り,土井さんはそれを書き電話で読み上げ確認する。
本書で徳岡さんは記者時代の経験を語るが,これにより読者は過去の歴史的事象を思い出しながら,再学習することで時代を振り返る。
二人の中学時代は太平洋戦争の真最中で,授業は無く,軍需工場へ動員そして米軍のB29に追われる日々。共に敗戦で自由を取り戻し,ほっとした世代である。だが,戦後はそれまでの価値観が一変し,戸惑いの多い青春だったがオーソドックスに生きてきている。
本書発刊の前にも,共著で『夕陽ヶ丘』(鳥影社2020年)があるが,これも大阪弁で語り,二人の根っこには関西の文化があるのだろう。
本書は22編からなり,いずれも読み応えがあるが,徳岡さんの著で私が特に感じ入ったのは「真の英国紳士」,「政治家が死んだとき」,「政治家の表と裏」である。「真の英国紳士」はベトナム戦争取材時の体験。現地で砲弾飛び交う混乱の中,米軍ヘリコプターで命がけで脱出する時,非常事態なのに英国の記者がハンデのある人をいたわる場面を目の当たりにしたこと。「政治家が死んだとき」は,徳岡さんが1964年東京オリンピックの際,聖火リレーの取材でニューデリーに寄った時,現地の好意で故ネール首相(1964年5月死去)の執務室に案内されたとき,ネール首相の死に涙する人を見て,偉大な政治家と国民の関係を考えさせられたという。また,「政治家の裏と表」は,若い頃,米司法長官ロバート・ケネディが沖縄返還の事前打ち合わせで来日した際,当時の田中角栄自民党政調会長の沖縄返還と憲法9条改正発言が国内で大問題になった。徳岡さんは機会を得て,直接ケネディ司法長官にインタビューし発言の有無を確認しそれを記事にするが,上司の指示で没。その時,「政治というものはあったことをない、なかったことをある、とするちからがある」と気づき,政治にはそういうことも必要だと思うようになったという。
土井さんは,同人誌『文学街』(令和2年10月,360号で終刊)を通じて存じ上げているが,氏は若い頃作家を目指し創作に励んだが,実生活で結婚,妻の出産となると現実は厳しくやむなく就職。生来,真面目だから以後仕事に邁進。気が付くと60歳を過ぎており,それからの再スタートだった。元々書くことは好きで頼まれるとエッセイや軽いコント風の読み物を書いていた。『文学街』では小説を書いていたが文章は簡潔でリズムが良く,多くの読者を得ていた。
本書で,土井さんは老人の日常を書いているが,これは単なる身辺雑記ではない。老いた今,毎日介護スタッフに支えられながらの生活で,独り身からくる孤独感や認知症に対する不安等,日常感じたことを素直に書いている。氏のエッセイの根底には日頃世話になっているヘルパー介護士への感謝とリスペクトがある。土井さんによれば,介護に携わる方たちの仕事はとてもつらいものがあると思うし,嫌な年寄り相手にでも親切に対応してくれるので有難いが,別の観点から見れば努力に比して報われることの少ない仕事である。しかし,「それがないと年寄りは生きられんのですよ」と土井さんは言う。土井夫人も生前よくデイサービスの世話になっていたが,現在は自分がお世話になっており,施設は今や社会的に絶対必要なものになっている。そこで,介護に携わる人たちとの関わり合いを,親愛を込めてユーモラスに書いている。
読後感じたことは,人生で大事なのは“目標”を持つことであり,具体的には
1.人生はその時,その場で真面目に(一所懸命)生きる。
2.知識と経験が人生を豊かにする。
3.人は出会いと別れ。友人を大切にする。
ということであろう。要は老境に入ってから日常をどう過ごすかであり,目標が人生を豊かなものにしてくれるというように感じた。