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本物語

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第72号 2022330

量子論でみる社会と経済 ③ 量子論 二題

吉成 正夫

1.生命の神秘
 デカルトの「方法序説」によれば,細かく分け入っていけば,いつかは生命の神秘にたどり着けるはずでした。今は「量子」が最小単位です。量子には「量子は運動量をもつが内部構造をもたない」という特性があります。そうしますと「生命の神秘」とは構造で示されるものではなく,「生命の本質は運動ではないか」と感じました。
しかしそれはあくまで私の感想でしかありません。ある文章に遠慮がちに「私見です」と付記しました。
 先日,NHKの「サイエンスZERO(1月17日)」を見ました。「顕微鏡で高速ナノの動きを活写する」という番組です。顕微鏡と言えば,電子顕微鏡くらいしか頭にありませんでしたが,いまは「偏光」「X線」「微分干渉」「レーザー」などさまざまな顕微鏡が開発されているそうです。いずれも静止画像です。今回の番組ではタンパク質の動きをそのまま顕微鏡で見る「高速原子間顕微鏡」と命名され、金沢大学ナノ生命科学研究所の柴田幹大准教授の研究によるものです。すべての生命現象はタンパク質の作用に基づいていますが,脳神経科学との融合により生きた神経細胞も可視化できる画期的な顕微鏡です。高速カメラの画像を繋ぎ合わせて動画にする工夫を凝らしています。この番組で柴田准教授は「生命の本質を考えるときは『動き』にありますから」と呟きました。これは驚きです。最先端科学者の証言を得て、これからは堂々と「生命の神秘は『運動』にあります」と断言できますし,量子の特性である「量子は運動量をもつが内部構造をもたない」とも繋がってきます。ただ後半のフレーズについては,内部構造をもたないと矛盾を生じることから,「超弦理論」と「ループ量子重力理論」で更なる研究が進められています。そこに広がる世界は,時間,空間,重力が重ねあわさったもので眩暈がしそうです。
2.「世界は『関係』でできている」
 昨年10月、カルロ・ロヴェッリ(イタリアの物理学者,ループ量子重力理論の提唱者の一人)が書いた「世界は『関係』でできている」が評判になり日経新聞と読売新聞に書評が掲載されました。さっそく読んでみました。ロヴェッリ著「すごい物理学講義」から引用します。「量子理論は事物が『どのようであるか』ではなく、事物が『どのように起こり、どのように影響を与えあうか』を描写する。一例をあげるなら、粒子がどこにあるかではなく、粒子が(次に)どこに現れるか、を描写するわけである。実在する事物から成り立つ世界は、起こりうる相互作用から成り立つ世界に変換される。現実は相互作用に姿を変え、そして、現実は関係に姿を変える」。
 彼は量子の特性を自分自身に得心させるために様々な哲学書などを繙き,拠り所を探し求めたようです。量子の関係論的性質について数名の友人からは「君は『ナーガールジュナ(龍樹)』を読んだか」と言われて初めてアジアの思想家に目を向けました。日本では「中論」と言われている著書をアメリカの分析哲学者による注釈付き英訳テキストを読んだのです。論旨は単純明快で「ほかのものとは無関係にそれ自体で存在するものはない」ということを繰り返し主張しています。この主張は量子力学と響き合うと大変感銘を受けたそうです。
 私もナーガールジュナの「中論」を15年前に読みました。私の場合は、お釈迦様の「般若心経」にある「色即是空 空即是色」の「空の思想」に関心を持ったからです。龍樹は「空の思想」を体系化した2世紀のインド仏教の僧侶です。
 退職後に講師を務めた大学の論文集に、社会科学の拠り所とすべきは「論理性」ではなく「関係性」にあるとして,その典拠としてナーガールジュナの「中論」を引用しました。私の場合は,社会科学の立場から「関係性」にアプローチし,ロヴェッリは量子論を補強するためにナーガールジュナにたどり着いたことになります。これまで経済学や投資の理論の前提があまりに「論理性」に偏りすぎていることにかねがね疑問に思っていました。考察対象である人間は、論理的な行動をとることは少なく、矛盾に満ち、人によって様々な考え方があります。それを合理的な選択をする「経済人」を前提に数学、統計学で論理構成する偏った考え方にはついていけません。
 現役時代の拠り所は「空の思想」でしたが、あまりに哲学的、思想的で他人を説得しがたいところがありました。ところが、量子論に接して、ジグソーパズルのピースがカチリと嵌った感じを受けたのです。量子は実に神出鬼没、変幻自在な存在です。
物理学者も悪戦苦闘していますが実験と数学の議論の上に着実に進歩しています。
「量子論」二題との巡り合い。令和4年は順調な滑り出しです。
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