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本物語

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第73号 2022.7.20

「日本語」って不思議な言葉ですね!(その16)

松井 洋治

 2月24日早朝,ロシアは同盟国ベラルーシとの合同軍事演習に動員していた19万の兵員をウクライナ国境に集結させ首都キーウを目指して一挙に侵攻し,世界を驚愕させた。プーチン大統領は朝6時に異例の演説を行いウクライナに「非軍事化と非ナチ化」を求めて「特別軍事作戦」を決定したと発表し,首都キーウおよび主要都市に一斉にミサイル弾をぶち込み,国境を越えておびただしい数の戦車を侵攻させた。日本では翌日の昼のテレビ・ニュースにロシア軍の丸一日のすさまじいウクライナ破壊の戦果が生々しく映し出され,初めて見る現代戦争の中継映像に私は愕然とした。併せてウクライナのゼレンスキー大統領が元コメディアンであったことも報じられると,これでは赤子の手をひねるも同然,勝敗は初めから誰の目にも明らかと思われた。私も正直この戦争はあえなく終了するだろうとどこかで楽観するところがあった。
 その翌日,夫を戦場に送り出したあとバッグ一つに荷物を詰め幼子を抱いて隣国ポーランドへ避難しようと駅頭で列車を待ち続ける若い母親たちの不安と悲しみに打ちひしがれた寒々しい姿をテレビで見た。私はこんな光景をいつか映画のワンシーンで見た気がしてそれが何であったかふと考えてみたが,次の瞬間はっと思い当たるものがあった。あれは77年前(1945年)の8月10日,満洲の牡丹江駅に押しかけた沢山の人々に交じって幼児3人の手を引き1人の赤子を背負っていつ来るかも知れぬ汽車を待ち続けていた私の母(当時31歳)の姿であった。その赤子こそ私であった。まだ1歳4か月であった私がその光景を覚えているはずもないが,平成18年に55年ぶりに再会した母や姉兄たちから聞いた話である。銀行員であった父は38歳で「根こそぎ動員」と呼ばれた最後の召集(昭和20年6月)に引っ掛かり,戦場に駆り出され帰らぬ人となった。そうだ,あの時も私たちから父を奪い母と子供たちに辛く悲しい人生を強いたのは8月9日夜半に突如国境を越えて満洲および樺太に侵攻したロシア(当時ソ連)であった。ムムムッ!あの国はまだ同じことを繰り返しているのか?東京を離れ軽井沢に隠居して安穏と余生を過ごしていた私であったが,もはやウクライナの人々の不幸は私と無縁ではない。これから世界はどう動くのか,この顛末はしっかり見届けなくてはいけない,と私は決意したのであった。
 テレビに映る街の破壊のすさまじさと犠牲者のむごたらしさは日を追って見る者の胸の痛みと息苦しさを増すばかりであったが,ロシアとウクライナの事情は世界の大方の予想を裏切る展開となった。ウクライナ側の驚くばかりの冷静沈着な対応,とりわけゼレンスキー大統領が毎日国民に姿を見せて結束を呼びかけながら世界の主要国の議会に次々とオンラインで臨み演説をして具体的な支援を要請し,国連の臨時特別総会にも登場してロシアの侵攻を明らかな国連憲章違反と激しく糾弾し拱手傍観を決め込む国連の無為無策ぶりに詰め寄って,世界の目を見晴らせた。戦火に晒されながらも国会は必要な戦時立法を粛々と進め,校舎を奪われた学校はオンラインで授業を継続し,被災した病院は地下施設に移転して傷病者の治療を再開し,女性は町工場に集まって戦場に赴く男たちのために戦闘服を縫製し,人々がそれぞれに国家存亡の危機に必死に貢献しようとする姿は感動的ですらあった。
対するロシア側では,数キロに及ぶ戦車隊列が春の雪解け道にはまって立ち往生し,5日間も食べ物にありつけぬ若い兵士たちが戦線離脱を図ったり,1か月で兵員のロスは1351(露発表,ただし4月末NATOは4万と推測)を数え上級指揮官7名の戦士も漏れ伝わり,黒海に展開するロシア艦隊の旗艦「モスクワ」が一発のミサイルで撃沈された。相次ぐ失態に作戦総司令官は更迭され,目標は東部地区の制圧に集中することとなった。ブチャからの撤退後には無垢の市民410人の虐殺の証拠が次々と暴かれロシアの“汚い戦争”の実態が明かされると,市民の生活を破壊し婦女子をいたぶって厭戦気分を醸成するのがロシアの常套手段だと軍事評論家は解説した。残酷で知られるクラスター爆弾や白りん弾の使用も報じられ,さらにプーチンが化学生物兵器や核兵器の使用も暗示して恫喝すると,米欧諸国は各種経済制裁策とウクライナへの新鋭兵器の大量供与をもって支援を一段と強化した。5月9日のロシアの(第二次世界大戦における対独)戦勝記念日にプーチンはウクライナ特別軍事作戦の正当性を主張するにとどまったが,これを機に世間ではプーチンの野心や妄想についての解析論議が盛り上がった。曰く,彼が目指すものはソ連邦解体以前の勢力圏の奪回か,いや17世紀の大ロシア帝国への復古とプーチン大帝の実現か,等々。同時にプーチンの重病説や側近の離反やクーデター陰謀説,プーチンと共栄を図ってきたオリガルヒ(新興財団)の海外逃避と不審死説なども聞こえてきた。   (2022.05.31現在)
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