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本物語

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第73号 2022.7.20

図書館は誰のもの

水澤 葉子

 是非この会場で,と思いこんだ場所を借用できて,この『本物語』第73号が発行なるころは多分,思い入れ読書会の第2回めが終わって,ほっと気を抜いている自分の姿が予想されます。
 よかったじゃない,とやさしい方にはやさしい言葉をかけてもらえる話ですが,何をするにも想定外の体験はついて廻るようで,今回の企画では理不尽極まりない「民」と「官」の区分けを突き付けられ,心折れる体験をさせられました。
 前後しますが,そこにいたる前行動がありまして,自分の目標とした『埴谷雄高の作品を読む』会の実施に向けて,わたしは企画周知用の案内ポスターを作り,それを持って小高の資料館へ会場借り上げ申請に出向いたのです。這っても行きたかった命日の2月19日は資料館がコロナ閉館していて入れなかったのと,年度替えで人事異動があるから,新年度になってからの方がいいでしょうと館の事務方さんに連絡も受けていたので,新年度を待つ間が長く思われ(高齢になるとより気短になりますね)その間にわたしは「未だお会いせぬ館長へ」なる書簡を二度発信しました。これまでの埴谷雄高作品への思い入れや,実施記事などを添付した会場借用のためのアピール書簡です。あとで知ったことは「館長」という役職名がなくなっていたことです。大きく組織替えを余儀なくされていたようです。
 資料館は南相馬市教育委員会の中の部署のひとつとなっていて,肩書は館長ではなく,所長であり主査でした。「あの,借用書類を……」とわたしがおずおずと言いますと,所長はニコニコしながら「いやいや」とご自分の顔の前で手を横振りされ,それには及ばない,そんな手順はいいからお使いなさい,としかとれない所作でした。初対面なのにと嬉しいような,どこか戸惑うような感覚を抱いたのを思い出します。加えて所長は,わたしが10年ほど前に刊行した『あの埴谷さんは、いま――』を取り出して「これをいま読んでいます」と言われた。善意の演出? で迎えられた感はあります。埴谷雄高も島尾敏雄も,コロナのことが大きかったとはいえ,昨年,一昨年は行事らしきことはなかったのでしょう。真っ向から「埴谷作品を読む会場に使わせてほしい」と言われ,資料館側もほっとされたのかもしれません。かようにここまでは至極いい流れでした。
 次に,読む人を募集しようとその案内ポスターを先ず県立と市立の図書館に持参したのです。読書に関することは図書館へ。わたしの中での《曲がり角なき直線道》でした。二週間ほど音無しだったので問い合わせると,県立図書館は折り返すように電話で断ってきました。「なぜですか?」「そう決まりましたので」
 二日後に市立図書館に行き,応対してくれた職員さんに,展示してもらえますか?と問うと,検討して返事さしあげますと言う。物々しいなぁと思いました。事務方職員さんとせっかく対話できたのだから「わたしの界隈で読書会ってあまり聞きませんけど広げられたらいいと思っています」と強調し,今は知名度の怪しい埴谷雄高の宣伝もして帰りました。翌々日に電話があり,申しわけありませんが不可になりましたと言う。わたしは実際に面談した職員さんを名指しで電話に出てもらい「理由を伺わせてください」と問うた。「決まったことですから」が返答。「決まったわけが知りたいです」「会議の結果で,決まったことですから」 民間では通らないでしょう。
 わたしはふっと,テレビでよく観た国会答弁を思い出していた。あったよなぁ,こんな光景……公務員答弁。 「会議して不可だったわけが知りたいのですけど」と執拗に言っていたわたしの脳内を,妄想のごとく,80年以上昔の暗い思想史がすうっと通り抜け,それはあまりにも突飛過ぎて,ひとりで苦笑いしていました。
 結局,何がポスター貼り拒否理由だったのか解かりません。教育委員会所轄の資料館と共催のつもりなのはこちらサイドの思い込みか,あるいはまた,今どき貼るほどの意味を持たない作家の図書であるゆえか……説明がないかぎり全く解かりようがありません。その後さらに,ポスターも含めて関係資料一切が市立図書館から返送されてきました。これにはびっくり。一切関わりたくないということなのでしょうか。
 いずれにせよ,市立・県立ともに図書館からは,わたしの《本のことは図書館へ》の単純な願いは完全に拒否された――これは全く想定外でした。
 主目的の《埴谷資料館で『死霊』を読む》は6月19日,予定通りに,担当所長の開会挨拶を受けて一年間の船出ができました。 《たかが読書会》を《されど読書会》にできたら埴谷雄高の言う『精神のリレー』に近づけると信じて舟を漕ぎ続けるつもりです。                             (2022/6/25)
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