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本物語

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第73号 2022.7.20

宇治の文学碑を歩く( その6)

岡本 崇

 JR宇治駅から宇治川に向かって少し歩くと「お茶のかんばやし」という店がある。 
その裏を平等院の方へ入って行くと駐車場があった。ここは伊藤忠商事の副社長を務めた上林氏ゆかりの家跡らしい。堺市から京阪宇治駅へ11時過ぎに来る坂東氏を待って先に平等院へ行き,60数年振りに鳳凰堂の内部拝観をした。平等院は,1052年,藤原頼道が,父(藤原北家道長)の別荘を寺院に改めた所。頼道の弟(長家)の4代後が藤原定家で,その孫が美濃東氏初代,東胤行(とうのたねゆき・左三つ巴に改紋・法名号素暹・私の23代前の祖)の妻であるから大変興味深く拝観した。
●花咲きて みとなるならば 後の世に もののふの名も いかでのこらん 佐藤宣春 
 平等院の敷地内にある歌碑。作者は江戸時代の人。平家物語に載る源頼政の辞世の歌「埋木の花咲くこともなかりしに身のなるはてぞかなしかりける」を下敷きにした。
平家に敗れて軍扇を置いて自害した所。源頼政の墓が明智光秀(1582年寂)の居城の,亀山城から南の1600mの所にもあるのが興味深い。源頼政(1106~1180年)の4代前が源頼光であるが,その弟の,源頼親(大和の守・大和源氏の祖)の流れを汲むのが,私の家内の実家の越智家である。源頼親の弟(頼信)の6代後が源頼朝(鎌倉幕府初代征夷大将軍・河内源氏)である。源頼朝が1180年に伊豆国で挙兵し,石橋山の戦いに敗れた後に安房国へ逃れると源頼朝は直ちに千葉常胤に加勢を求める使者を送った。それに応えて全面的に支援したのが,私の26代前の祖である千葉常胤(桓武平氏良文流千葉氏の一族)であった。「天誅組の変」こぼれ話「本陣交差点の道しるべ」として「本物語56号」へ私が投稿した記事にも下記の様に源氏一族が登場する。
「岡田重右ヱ門…五條市霊安寺。岡田光弘家も昔は芳田(総本家)と云ったが,多田満仲の子である源頼光(摂津源氏)か源頼親に岡田と名乗るように言われた。因みに,西吉野町夜中の光源寺は1595年,浄久上人の開基。浄久は源頼親の子孫源有冶十三世の孫。光明寺のある,私の本籍地の西吉野町西新子は夜中からの分村である。」
●鳩浮いて なごりの池の 夕茜(ゆうあかね) 水也(すいや) 
 平等院の傍にある茶室対鳳庵を併設した宇治市観光センターの敷地にある。    二代目宇治市長池本甚四郎の句碑。鳩=カイツブリという水鳥=冬の季語。なごりの   
池=巨椋池(おぐらいけ)の名残を留める池。夕茜(ゆうあかね)=ゆうばえ。S23年に二人の画家を自宅に泊めた翌日,一口(いもあらい・久御山町)の沢野邸(巨椋池の干拓事業を主導した人)を案内した時の句。干拓事業はS16年に完成。忌み祓い➡あらい➡池に囲まれ集落の出口が西側1か所➡一口(いもあらい)と転化。巨椋池(おぐらいけ)=大きく窪んだ水たまり(くら=馬のくら=くぼみ)。
●ちはや人 宇治川波を 清みかも 旅行く人の 立ちがてにする 作者未詳
 宇治市観光センターの敷地にある万葉集の歌。ちはや人=霊力があり猛々しい人=宇治にかかる枕詞。がて=~できずに。「宇治川の波が清らかだからであろうか、旅行く人が立ち去りかねていることだ」。「福寿園CHA遊学パーク」は木津川市の拙宅の近くにあるし,福井社長の家も近所にあるので、歌碑の並びにある「福寿園宇治喫茶館」の二階で,平等院を眺めながら「玉露茶そば」を美味しく頂いた。
●秋の野の み草刈り葺き 宿れりし 宇治の京の 假庵し 思ほゆ 額田王 
 下居(おりい)神社(宇治市宇治下居)。斉明天皇の行宮(あんぐう)跡といわれる神社の境内にある碑。額田王⦅ぬかたのおおきみ・万葉初期の歌人・初め大海人皇子(天武天皇)の妻で、後に天智天皇の妻⦆が10代の頃に皇極天皇と宇治を訪れた時の歌で万葉集にある。大化4年は648年で飛鳥時代。京(みやこ)=天皇の一時的な宿。假庵(かりいほ)=仮に作った小屋。思ほゆ=自然と思われる(以前も来ている)。「秋の野のみ草を刈って屋根に葺いて泊まった、宇治の宮どころの仮小屋が懐かしく思われる」という意味。この記事を書いていたら、偶然にも学友の浅羽良昌君から、葉室麟著「紫匂う」という本に出てくる「紫草(むらさき)を見かけますか」とLINEが来た。白い花だが根は江戸紫の染料。乾燥した根は紫根(しこん)という生薬。
 あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る 額田王
 紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも 大海人皇子
 天智天皇のご料地(近江の蒲生野)での薬狩りの際に,額田王がかつての恋人の大海人皇子(のちの天武天皇)にあてて詠んだものに,大海人皇子が応える歌になっている。
●朝顔の 今日が盛り かも知れぬ  景月 
 景月は明治時代に創業された,宇治市の朝顔園という園芸店の上林種太郎。     歌碑は下居神社境内にある。                     (続く) 
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