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本物語

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第73号 2022.7.20

何だか変だぞ~一極集中について思うこと

木村 孝

 コロナ禍の前のことである。東京の赤羽で姪っ子と一緒にお酒を飲んだ。お肉が食べたいとのリクエストに応えネットで探し評判の肉バルを夜9時に予約した。仕事が長引いているので遅くなると連絡が入り結局姪っ子が現れたのは10時半を回ってからだった。眠らない街「東京」を久々に実感した。仕事のことや東京での生活のことを聞きあっという間に時間が過ぎた。気がつくと深夜12時を回ろうとしていた。その日自分は昔住んでいた高円寺にホテルをとっていた。名残惜しいが終電の時間が迫っている。駅まで10分程度だが急がないと間に合わない。姪っ子は隣駅の東十条、自分は新宿駅で乗り換えて中央線だ。会計を済ませて駅へ急ごうとするが彼女は焦る様子がない。終電は0時11分発だった。「急がないと」と急かすも「終電はどうせ遅れるから大丈夫」と安心しきっている。仕事とは言え1時間半も遅れてやってきたことといい彼女の時間の感覚はズレているのか。そう思ったが乗り遅れればタクシー待ちの行列に並ぶことになってしまう。予約したホテルは防犯のため深夜1時に入口が閉まると注意書きがあった。のんびり歩く彼女を出来るだけ急かして駅に到着した。終電発車まであと1分。急いで改札を抜け階段を駆け上がろうとすると「やっぱり遅れてるでしょ」と彼女は電光掲示板を指さした。3分遅れの表示があった。どうして遅れていること知っていたの?と聞くと終電はだいたいそうだからと当たり前のような顔をした。ホームに到着すると程なく電車がやってきた。東京に住んでいた頃,何度も終電車に乗りその混雑に辟易したものだ。ホームに人が溢れているのは当時と同じだ。電車を降りる人波を待ってから足早に電車に乗り込んだ。その時にちょっとした違和感があった。電車に乗り込む人達の動きがとても緩慢なのだ。自分の常識では遅れを少しでも取り戻そうと急ぐのが当たり前。少なくとも昔自分がいた頃はみんなそうしていたんじゃないかなと思う。ところが周りの乗客たちは慌てる様子がない。それどころかまだホームの階段をのんびり登ってくる人達がいる。反対側の電車にでも乗るのだろう思っていたらゆっくりとこの電車に向かってくるのだ。さらに驚いたのは電車入口付近の乗客が次に乗り込もうとする人達のために奥へ詰めようと協力しない。意地でも乗せるもんかぐらいの感じでその場に陣取ったまま動かないのだ。そのためにホームに残された乗客がなかなか乗れずにいる。よくラッシュ時に駅員が乗客
を電車に無理やり押し込む映像を目にすることがあったがその様子も見られない。ただ構内アナウンスで「駆け込み乗車はおやめ下さい」「足元ご注意ください。新宿方面行き間もなく発車します」を繰り返しているだけだ。すし詰めの車内でその様子を苛立ちながら眺めていた。こんなに遅れてしまっては新宿駅での乗換に間に合わないかもしれない。苛立つ気持ちを押さえて何度もつり革を掴んだ腕の時計を睨んだ。結局ドアが閉まり駅を出たのは20分を過ぎてからだった。赤羽駅だけでも5分以上も停車していたことになる。こんな様子では遅れるのも当然だ。次の駅で姪っ子と別れてから乗換に間に合うかハラハラしていた。幸い新宿駅での乗換調整のおかげで中央線に乗ることが出来た。しかしそこでも赤羽駅と同様の緩慢な動きの乗客たちを目にした。ダイヤ通りならば30分ちょっとで着くところ結局1時間以上かかった。ホテルにはインターホンを押して入ることは出来たがその夜は何かイライラしてなかなか寝つけなかった。

 地方大学を出て東京に憧れ17年間住んだ。住んでいた頃電車は事故や故障などがない限りはほぼダイヤ通りに動いていたような気がする。乗客達の乗り降りが原因で遅延が頻繁に発生しているなんて思ってもいなかった。自分がいた2000年の頃の東京の人口は1200万人に満たなかった。それから約20年で1400万人まで増えた。20年間で約2割も増えたことになる。首都圏の転入過多の要因は若い世代の流入が圧倒的に多いためと聞く。自分の世代では大学への進学率が30%台だったのが今や60%に届こうとしている。しかも大学は首都圏に集中しており富山でも地元大学に進む人はとても少ない。北陸新幹線が開業してから益々その傾向が加速している。ビジネスチャンスを求めて東京に行く若い人達も多い。自分も東京に憧れ上京した口なのでそのことを批判するつもりはないが,一極集中は様々な弊害をもたらしているんだと感じた。

 姪っ子は今結婚して長野の上田に住んでいる。子どもが生まれた。
 「今度顔見せに行くね」時間通りにやってきた。
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