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本物語

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第74号 2022.12.10

〈花物語〉 燕子花と花菖蒲

 小櫃 蒼平

 私は頭が悪い。いまだに燕子花と花菖蒲の見分けがつかない。その季節 ― 東京では葛飾の堀切菖蒲園や明治神宮,京都に住んでいたころは知人の案内で上賀茂のあたりの(と記憶している)神社の池で鑑賞した記憶があるが,いつも双子の姉妹を前にしたような戸惑いがあった。
 燕子花と花菖蒲は,むかしから絵画や和歌の素材として取り上げられていて, 絵画の「燕子花図屏風」, 和歌の「ほととぎす鳴くや五月のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな」などはよく知られている。
 京都に暮らしていたときに,友禅の機械捺染用の刷版をつくる仕事をしていた若い職人と知り合った。若狭の人間で,はじめて言葉を交わしたのは住んでいたアパートの食堂。 ある時,「京都の空は明るい。ぼくの在所の空はいつも暗い」とぼそりと呟いたことがあった。私はかれが故郷を出た理由を訊こうとしたが,そこには目に見えぬ隔壁があって,かれの心奥にあるものを覗き見ることを許さぬ雰囲気があった。
 私は2年ほどで京都を去った。数年後,京都を訪れる機会があり,かれを尋ねると,旧居のアパートの管理人の話では,かれは仕事仲間の女房と割ない仲になって在所の若狭に逃げ,まもなく心中した,という。
 京都を離れる前日,かれと先の上賀茂の神社の池の辺りを歩いた。何を話したのか覚えていないが,私が燕子花と花菖蒲の見分けがつかなかったように,その時すでに,かれは人生の希望と絶望の色目を見失っていたのかもしれない。心中相手との死の道行きで,かれは何を見たのだろうか。たしかなことは,かれは人生の最後に若狭の「暗い空」を選び,京都の「明るい空」は救いにならなかった。
 ※「燕子花図屏風」(尾形光琳)  「ほととぎす……」(よみ人知らず/「新版古今和歌集」高田祐彦-)
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