本物語
第74号 2022.12.10
シニアの100㎞競技に挑戦
藤澤 康裕
ちょうど10年位前に姉と二人で母が入所している施設に行った。母は100年の長い人生の幕を閉じようとしていた時期だった。姉が担当の方に“もしもの時にはこれを着せてあげてください”と言ってお寺の印を沢山押した白衣を渡した。何も知らなかった私は調べた結果,四国88寺の判衣に御宝印を押したものであることが分かった。これをどうして入手したのか気になる内に四国遍路に興味が湧いてきた。仏教徒でもない私は空海が開拓した1000㎞以上に及ぶ四国の遍路道を歩いてみて仏教徒ではあるが日蓮宗を堅く信じていた母が何故空海の真言宗の経帷子(きょうかたびら)を着て旅立ったのであろうか,また長い距離を歩くことによって何を得ることができるか,など次から次に色々な想像が頭の中を巡った。
2年半前の2020年5月に朝ジョギング中,突然左膝に激痛が走り,左膝に全く力が入らなくなった。吃驚して整形外科に行ったら加齢による半月板の劣化と損傷と言われた。これで四国遍路も諦めなければならないと思ったが,医師は当院で1週間に3日以上,3ヵ月治療すれば治ると言われ,必死になって通院治療を受けた。先生の言う通り3ヵ月後には何とか回復できたが,再発の不安の中でウォーキングを始め,これを続ける決心をし,それまでの朝ジョギングはやめて朝ウォーキングに集中することにし,毎日10㎞以上を時速5㎞の目標を自身に課して膝を気にしながら進めてみた。
四国遍路の検討を進めていくと,1日に遍路の距離は平均すると27㎞~35㎞ぐらいになり,この膝の状況で果たして1番寺から88番寺~1番寺までの通し打ちができるだろうかという不安がどうしてもぬぐい切れない中で,2021年10月に“東京エクストリーム100”というイベントを知人に教えて貰った。このイベントは小田原から東京までの100㎞を24時間または26時間以内で完歩するというかなりハードな競技であったが挑戦することにした。初参加の私は26時間の部にエントリーした。膝の回復をチェックする意味でも膝が遍路に十分耐えることができるというチェックをするのにちょうど良いかなと考え,あまり深く考えずにエントリーをした。時速5㎞だと20時間,休憩を6時間とってちょうど完歩できるし,途中膝痛が起きたら四国遍路はきっぱり諦めようと考えた。10月30日朝8時に号砲。私は8時25分に小田原城址園を出発した。周りを見ると若い人が多く,私のように4ヵ月後に80歳になるような人は全く見当たらなかった。
出発後国道をひたすら東に歩くが他の人は速いスピードでスイスイ私を抜いて行く。しかし若者の群れの中で同じ条件で歩くということに大きな満足感と自分が若さを取り戻したような感覚になっていた。最初の24㎞ポイントでは約5時間弱を要していた。計画では4.5時間なので遅れ気味であったが気にしなかった。膝の痛みは無し。この調子で歩けば仮眠はできなくても何とかゴールに着けると考え,周りの景色を楽しみながら東進した。50㎞ポイントが19時13分,出発後10時間48分であった。その頃はさすがに体は疲れ果ててリタイヤしようか迷っていた。とにかく終電車に乗れるまでは頑張ってみようかと時間も気にならなくなってきた。周りが暗くなるにつれて気温も涼しくなり何となく元気になってきた。気が付いたら既に終電時刻は過ぎていたので,今度は明日の一番電車で帰れるところまで頑張ってみようと少しずつ欲が出てきて歩を進めた。徐々に筋肉痛も出てきてスピードも時速3㎞位まで落ちてきた最後の89㎞ポスト休憩所でこれ以上続けるのは無理かなと考えてリタイヤを告げるためにスタッフを探している内に,若い看護師さんが針を勧めてくれた。20分でできるし痛みが軽減するという。このままで歩いても制限時間には間に合いそうもないし,20分ならやろうとあまり期待せずに針治療を受けてみた。鍼灸師がとても優れた方のようで痛む個所あちこちに針を通し丁寧に治療してくれた。かれこれ1時間後に全ての治療が終わり再び軽快な気分で歩くことができた。この時すでに7時45分で制限時間まで2時間20分くらいで残り9㎞あった。その後はゴールまであまり痛みを感じることもなく歩くことができた。結果から言うと1時間をかけた針治療が今回私にとっては大快挙の要因であったと言えると思う。到着時間は10時19分。グロスで26時間19分,しかしネットタイムは25時間54分で何とか26時間の制限時間を守ることができた。後で分かったことであるが,今回の競技の参加者は912名,ゴール者数は702名,ゴール率77%で平均年齢48.1歳,最高年齢は79歳ということであった。ということでこの最高年齢とは正に私自身であるということを知って驚いた。そして何よりも一番気がかりであった膝の痛みは皆無であった。感謝である。この勢いでこの秋,四国遍路に挑戦し,八十八ヶ所(・・・・・)を完歩。次の機会にこれを著してみたい。
2年半前の2020年5月に朝ジョギング中,突然左膝に激痛が走り,左膝に全く力が入らなくなった。吃驚して整形外科に行ったら加齢による半月板の劣化と損傷と言われた。これで四国遍路も諦めなければならないと思ったが,医師は当院で1週間に3日以上,3ヵ月治療すれば治ると言われ,必死になって通院治療を受けた。先生の言う通り3ヵ月後には何とか回復できたが,再発の不安の中でウォーキングを始め,これを続ける決心をし,それまでの朝ジョギングはやめて朝ウォーキングに集中することにし,毎日10㎞以上を時速5㎞の目標を自身に課して膝を気にしながら進めてみた。
四国遍路の検討を進めていくと,1日に遍路の距離は平均すると27㎞~35㎞ぐらいになり,この膝の状況で果たして1番寺から88番寺~1番寺までの通し打ちができるだろうかという不安がどうしてもぬぐい切れない中で,2021年10月に“東京エクストリーム100”というイベントを知人に教えて貰った。このイベントは小田原から東京までの100㎞を24時間または26時間以内で完歩するというかなりハードな競技であったが挑戦することにした。初参加の私は26時間の部にエントリーした。膝の回復をチェックする意味でも膝が遍路に十分耐えることができるというチェックをするのにちょうど良いかなと考え,あまり深く考えずにエントリーをした。時速5㎞だと20時間,休憩を6時間とってちょうど完歩できるし,途中膝痛が起きたら四国遍路はきっぱり諦めようと考えた。10月30日朝8時に号砲。私は8時25分に小田原城址園を出発した。周りを見ると若い人が多く,私のように4ヵ月後に80歳になるような人は全く見当たらなかった。
出発後国道をひたすら東に歩くが他の人は速いスピードでスイスイ私を抜いて行く。しかし若者の群れの中で同じ条件で歩くということに大きな満足感と自分が若さを取り戻したような感覚になっていた。最初の24㎞ポイントでは約5時間弱を要していた。計画では4.5時間なので遅れ気味であったが気にしなかった。膝の痛みは無し。この調子で歩けば仮眠はできなくても何とかゴールに着けると考え,周りの景色を楽しみながら東進した。50㎞ポイントが19時13分,出発後10時間48分であった。その頃はさすがに体は疲れ果ててリタイヤしようか迷っていた。とにかく終電車に乗れるまでは頑張ってみようかと時間も気にならなくなってきた。周りが暗くなるにつれて気温も涼しくなり何となく元気になってきた。気が付いたら既に終電時刻は過ぎていたので,今度は明日の一番電車で帰れるところまで頑張ってみようと少しずつ欲が出てきて歩を進めた。徐々に筋肉痛も出てきてスピードも時速3㎞位まで落ちてきた最後の89㎞ポスト休憩所でこれ以上続けるのは無理かなと考えてリタイヤを告げるためにスタッフを探している内に,若い看護師さんが針を勧めてくれた。20分でできるし痛みが軽減するという。このままで歩いても制限時間には間に合いそうもないし,20分ならやろうとあまり期待せずに針治療を受けてみた。鍼灸師がとても優れた方のようで痛む個所あちこちに針を通し丁寧に治療してくれた。かれこれ1時間後に全ての治療が終わり再び軽快な気分で歩くことができた。この時すでに7時45分で制限時間まで2時間20分くらいで残り9㎞あった。その後はゴールまであまり痛みを感じることもなく歩くことができた。結果から言うと1時間をかけた針治療が今回私にとっては大快挙の要因であったと言えると思う。到着時間は10時19分。グロスで26時間19分,しかしネットタイムは25時間54分で何とか26時間の制限時間を守ることができた。後で分かったことであるが,今回の競技の参加者は912名,ゴール者数は702名,ゴール率77%で平均年齢48.1歳,最高年齢は79歳ということであった。ということでこの最高年齢とは正に私自身であるということを知って驚いた。そして何よりも一番気がかりであった膝の痛みは皆無であった。感謝である。この勢いでこの秋,四国遍路に挑戦し,八十八ヶ所(・・・・・)を完歩。次の機会にこれを著してみたい。