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本物語

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第74号 2022.12.10

台湾人の親切

横山 和彦

 仙台空港から台湾に向けて直行便が就航したのを機に,2018年3月に妻と3泊4日の台湾ツアーを楽しんだ。
 平日の水曜日出発で土曜日帰着という日程にもかかわらず,機内はほぼ満席。しかも,乗客の半数以上が台湾人という状況にまず驚いた。
 東日本大震災後に台湾から多くの寄附金が被災地に届き、復興の大きな力になったのを目の当たりに見てきたので,そのせいもあって台湾に対しては好意的な感情を抱いていた。その上,知り合いで台湾旅行に行った人の多くが台湾人の親切さを口を揃えて言うものだから,初めての台湾旅行だったが,不安よりも期待を膨らませて乗り込んだ。その期待を遥かに上回る驚きと感動があった。
 まず,初日に,ツアーガイドのお姉さんが,台湾は食事代は安いが住宅費は高く,台湾人の多くは給料は安く,生活は決して豊かではないと現状を説明。そうした人たちだが,一方で,宗教心などが厚く,寄附の習慣も普段からあり,東日本大震災の時には多くの台湾人が,少しずつお金を出し合い,結果としてそれが多額の寄附金につながったと教えてくれた。
 台湾に入って初日がツアーで台北の市内観光地などを回り,二日目と三日目は自由行動というものだった。その二日目に訪れたのは,世界的な建築家の伊東豊雄氏が設計して,アジアのガウデイ建築のような,洞窟を思わせる建築で話題になった台湾のオペラハウス。それを見るのが私の旅の大きな目的の一つだった。台北から台湾の新幹線に乗り,台中新駅に降りてバスでそこに向かい,なんとか無事に建物にたどり着いた。その建築は確かに興味深く,面白かったが,期待を上回るほどではなかった。というのも事前に施設の内容を入念に調べてしまい,わくわく感が強すぎて,意外性がそれほど感じられなかったのだ。それでも一通り見て楽しんだあと,近くのレストランで小籠包を腹一杯食べて大満足。さて台中駅に向かおうと近くのバス停に行き,通りかかったおばさんに駅までのバスをたずねたところ, 「そのバス停からは行けない。向こうの少し離れた幹線道路沿いにあるバス停に行けばあるよ」と教えられ,そこに向かおうとしたら,なんとそこまで連れて行ってくれたのだ。そして,そのバス停に着くと,そこで待っていた人たちに駅へのバスを聞いてくれ,ちょうどやって来たバスを指さして,「このバスに乗りなさい」と教えてくれて,わたしたちが乗るまで見届けてくれた。
 ようやく着いた台中駅で,駅前をぶらぶら散策してから駅舎に入ると,そこは新幹線の新駅ではなく旧駅で,新幹線の駅に行くには乗り継いで行かなければならない。わたしたちは駅構内を歩きながら,新幹線駅まで乗り継ぐためにはどうしたらいいのか,うろうろと探して回った。でもどうしても分からないので,近くにいた若い男性に聞いてみたところ,英語が通じない。そこで,近くにあった鉄道のルート図で 新幹線駅を示し,「ここに行きたい」とジェスチャーを交えて話したところ,「窓口に行けばなんとかなるでしょう」というような仕草をして,わたしたちを窓口まで案内してくれた。窓口でつたない英語で説明し,なんとか切符を買いホームに向かおうとしたら,なんと,彼が黙って着いて来るではないか。そして,一緒に2階のホームに上り,乗り場まで寄り添ってくれた。もちろん,彼は終始無言。そして,どちら側の電車に乗ればいいのかを,彼は手招きして教えてくれ,見送ってくれたのだ。
 電車に乗ってホッとしたが,実のところどこで降りるのかよく確認せず,車内案内の放送があるだろうから,それを聞けば大丈夫だろうとたかをくくっていたら,案の定,その放送を聞き逃し,降りるべき駅を乗り過ごしてしまったのだ。
 おかしいなと思い,近くに座っていた親子にまたしてもつたない英語と身振り手振りで切符を見せながら尋ねたところ,「駅を乗り過ごしたね」と教えてくれた。そして。なんと,お母さんが立ち上がり,車内にいる乗客に向かって大声を張り上げて,「次の駅で降りる人はいないかね。この人たちが乗り過ごして困っているの。助けてほしい」といった意味で(中国語なのでまったくわからないが雰囲気でそうだと思った)叫び,それに若い女性が応じてくれたのです。そして,彼女はわたしたちと一緒に次の駅で降りて,乗り場や乗るべき電車のところまで連れて行ってくれたのです。
 ドジで間抜けな旅行者ではありましたが,その親切な行動には心底感動しました。こんなに親切にしてもらったのは人生で初めてと言っていいぐらい。日本に帰って,
このことを思い出す度に,忘れるどころか,感謝の念が強まってきます。
 こうした台湾人を見倣い,困っている人を見たら,今まで以上に親切にしなければならないと肝に銘じて,今は行動しているところです。
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