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本物語

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第75号 2023.3.11

13年目の震災を風化させないための語り部バス ~語り部バスによる災害伝承の取り組みと未来へのメッセージ~

伊藤 俊

 東日本大震災発災後から間もなく南三陸町を訪れた方々のために道案内をホテルスタッフで行ったことから始まった語り部の活動。悲惨な風景がどこもかしこも広がり,道路も標識も失った状況下,お客様のバスに乗って案内を行い,その車中で自然と震災の発災状況や町の様子も話すようになっていった。
 語り部バスは毎朝約1時間,南三陸町内を案内しながらそれぞれの語り部ガイドが震災の体験談を話したり,南三陸町の過去・現在・未来を紹介しながら現地でしか出来ない「見て,聞いて,感じる」体験を通して防災・減災について自分事の様に考えたり,災害への備えや復興において何が出来るかを考えるキッカケの場になっている。
 同じ町の中でも被害状況が違ったり,その場所その場所で伝えたいことがあり,乗車された方々の感想も様々であると同時に,「乗って良かった」という声は時間が経過した今でも変わらない。
 災害の状況や被災した現場の事も伝える事柄としては重要であるが,もう1つ大事なのはその経験を次にどう生かしていくのかという部分も重要である。事前の備えの大切さ,想定に捉われないで最善を尽くす行動がなぜ出来たかを,地域の歴史・文化や家族間の伝承の大切さを織り交ぜながら紹介することにより,被災地域だけでなく他の地域でも伝えることの大切さを感じていただければ幸いである。
 震災を伝承していくにあたり,いつも聞かれるのは,当時の風景はないから被災状況を感じることは簡単ではないという声がある。それは伝え手の語り部にとっても,言葉で伝えることが大事と理解していても気に掛ける部分であることは間違いないことです。今後震災に関心を持っていただくためのキッカケとして,震災を風化させない,忘れないためのシンボルが重要な存在となる。それが,「ものを言わぬ語り部」と言われる「震災遺構」であり,その整備が各地で進んだ。語り部バスのコースにも「高野会館」という震災遺構に立ち寄るが,その存在意義は時間の経過と共に重要性を増していることは間違いない。
 民間震災遺構「高野会館」は南三陸町の冠婚葬祭会館として昭和60年代に建設された建物であり,結婚式だけでなく新年会や忘年会,同級会に卒業謝恩会などで利用され,住民にとってもたくさんの思い出が残る場所であった。
 震災当日は従業員の適格で迅速な判断・行動により,その場にいた芸能発表会参加者である町の高齢者の方々も含め,329の命を救った現場となった。(※327名の人と,犬2匹の命が救われた。)
 過去の災害を経験している従業員は,屋上から海を眺め,海面が変化していることに気付き,過去の災害の事例から津波が襲ってくることを予見できた。高齢者の足では高台まで避難することが間に合わない。そこで屋上で命を守る,その場での最善の判断をすることで多くの命を守った。
 津波の被災状況や破壊力そのものを直接目で見て感じることができるリアリティーや作り物ではない被災したそのものを直接目にすることが出来るクオリティは現地に来なければ感じることができない。そして,人が人の命を守るために判断・決断・行動があった,大切な経験を伝える意義が高野会館保存の目的である。民間遺構のため保存方法や維持管理等の課題解決は今後の大きな宿題のままだが,一人でも多くの方々に訪れていただき,見守ってほしいと願う建物である。
 今年3月は13回忌を迎える年になりますが,東日本大震災の事を過去の遠い出来事にせず,自分の目で見て,現地の人の生の声をその場で聞き,肌で感じ,自身の防災・減災意識の向上や未来へ繋げていきましょう。又,地域を多くの人が訪れることにより,災害を知る,学ぶだけでなく地域観光の振興や活性化にも通じる重要な役割が語り部活動のもう1つの意義である。
 語り部バスは今後も防災・減災・縮災教育の普及拡大を目指すと同時に,地域の情報発信という役割も併せ持ちながら継続していきます。わたしたちは「絆」「感謝」を胸に語り部バスと未来へ向かって歩み続けます。
 今を生きる私たちが忘れずに伝えること,伝え続けることで,人が生きるために一番大切なことが感じられる語り部バスで皆さまとお会いしましょう。
 語り部バスそのものがゴールではなくキッカケ,スタートになるはずです。
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