本物語
第75号 2023.3.11
『 皺 』二 題
水澤 葉子
【ヘップバーン】
だいぶ前,新聞の広告欄に,骨と皮ばかりの子どもを抱きかかえる皺深い女性の写真が載っていた。意志のある貌が強烈な何かを訴えている。見知っている――下の小さな説明を読むまでもなく,彼女はオードリー・ヘップバーン。が,往年の「ローマの休日」の面影はない。「ティファニーで朝食を」「マイ・フェア・レディ」「戦争と平和」「昼下がりの情事」……目の前の写真は映画ではなく,ユニセフの広告。
ヘップバーンが晩年の病苦を押してユニセフ親善大使をつとめたことは有名な話である。60代に入ったばかりの写真としてはイメージ的に痛ましい。メル・ファーラーとの結婚と破局。10歳下の精神科医との再婚,離婚。10年の沈黙を破って46歳で銀幕復帰した時,50キロあった体重が30キロ台まで落ちていたという。愛の頂点から凋落。その人生が外貌で語られているように見えてしまう。
晩年の5年間を燃焼させたユニセフ親善大使は,彼女の生きる証しだったと思う。証しにめぐり会えたことは喜ばしいけれど,それでも,その世界が認めた美の妖精たる彼女の顔の皺は,ファン的心理でショックでもあった。
人は間違いなく死ぬように間違いなく老いる。老い方に個人差が大きいのも,自分が老いたいま特に気になっている。化粧品や健康食品の広告に20代と見える女性の写真を載せ,62歳・何の某様と名前も入っているのを見るが,ウソとは思わないし,若いなあとも素直に思う。しかし,人の老い方のこの落差って何だろうと,不思議な気にもなるのである。もちろん神経をそこに集中させて手入れした人と,無関心な不精を重ねた人とでは差が出るのはあたりまえ,としてもである。
老い方がまことにさまざまであることに最近特に神経がいく。顔に皺はないのに首だけが皺っぽい人。昔のままの容貌を保っているのに,首が前に出てしょぼしょぼ歩きの人。痩せているのに背中の丸みが際立ってきた人。動作に伴う腕の振りがO型に体から遊離している人(8割方自分が当てはまる)。外見上の話を並べてみても仕方ないが,そこに心象面も加味すれば,それはもう立派な『老い物語』となろう。
「ローマの休日」のアン王女はヘップバーン23歳。飢えた貧民の子を抱くヘップバーンは60歳。この外見の違いが人生なのだと,新聞の広告を前に自己確認をしていた。
【 血 縁 】
口を窄(すぼ)めて笑う,なんて所作は意識にないが,わたしの唇の上部は小さな縦皺の行列である。ちょうど幼児に老人の絵を描かせると多くはこう描くように。同年輩の友人にもこんな人はほとんどいない。市井の隅の老婆は別にもう気にしなくていいと思う一方で,やっぱり嫌だなあとも思う。目尻とか額とかの小皺は,年齢などとのイメージとは別な或る種の色気を感じさせる人もいるけれど,唇の上の皺なんてもの欲しそうで哀しいだけである。
学齢前,気の遠くなるような昔に,こんな口許の人を見たと記憶が手繰られ,ふ~んと合点の苦笑をする。その人は,周りの説明によればわたしの祖母ということだった。漆の色のあんなに赤いものかは知らないが,てかてかと磨かれた赤い襖戸の奥の仏間に小柄なその人はいた。笑っても笑わなくても口許に小さな縦皺を蓄えていたのを不思議に覚えている。戦死したというわたしの実父の焼香に,養父母が5歳のわたしを連れて行ったのだろう。もちろん泊まることはなく,三里半の山道を徒歩で帰ったのだったが。
そこは豪農と思しき構えで,祖父という人物が自在鍵の囲炉裏の横座に控えておった。物資の特に食料の乏しくなっていた給料生活者のわが父を横目に見て「**子に小遣いやろうかな」と老人が言った。手作りらしい布製の細長い巾着袋を取り出しておもむろに紐を解き,中からチャラチャラと三つ四つの小銭を選り出し,わたしの掌に一つずつ落としてゆく。手を差し出していた「時」のその長さを屈辱的に今でも忘れられない。
祖母という人には,たぶん年齢でも問われたのだったかもしれない。が,会話をした記憶は残っていない。会ったのもそのときだけで,二度と訪問はしなかった。
そんな生涯に一度しか拝顔してなく,わが人生に塵ほどの関与もなかった祖母なのに,なんで口許の皺だけを引き継がねばならなかったのか。理不尽とか不条理とか並べ立てても,これが血縁というものなのだろう。36年も泣き笑いを共にしたわが母に似れば,コンプレックスなど無縁のもっと言えば山田五十鈴(古い!)似の美女で,歩いた道も違っていたかもしれない。血縁とは或る種残酷なものである。(2023/1/30)
だいぶ前,新聞の広告欄に,骨と皮ばかりの子どもを抱きかかえる皺深い女性の写真が載っていた。意志のある貌が強烈な何かを訴えている。見知っている――下の小さな説明を読むまでもなく,彼女はオードリー・ヘップバーン。が,往年の「ローマの休日」の面影はない。「ティファニーで朝食を」「マイ・フェア・レディ」「戦争と平和」「昼下がりの情事」……目の前の写真は映画ではなく,ユニセフの広告。
ヘップバーンが晩年の病苦を押してユニセフ親善大使をつとめたことは有名な話である。60代に入ったばかりの写真としてはイメージ的に痛ましい。メル・ファーラーとの結婚と破局。10歳下の精神科医との再婚,離婚。10年の沈黙を破って46歳で銀幕復帰した時,50キロあった体重が30キロ台まで落ちていたという。愛の頂点から凋落。その人生が外貌で語られているように見えてしまう。
晩年の5年間を燃焼させたユニセフ親善大使は,彼女の生きる証しだったと思う。証しにめぐり会えたことは喜ばしいけれど,それでも,その世界が認めた美の妖精たる彼女の顔の皺は,ファン的心理でショックでもあった。
人は間違いなく死ぬように間違いなく老いる。老い方に個人差が大きいのも,自分が老いたいま特に気になっている。化粧品や健康食品の広告に20代と見える女性の写真を載せ,62歳・何の某様と名前も入っているのを見るが,ウソとは思わないし,若いなあとも素直に思う。しかし,人の老い方のこの落差って何だろうと,不思議な気にもなるのである。もちろん神経をそこに集中させて手入れした人と,無関心な不精を重ねた人とでは差が出るのはあたりまえ,としてもである。
老い方がまことにさまざまであることに最近特に神経がいく。顔に皺はないのに首だけが皺っぽい人。昔のままの容貌を保っているのに,首が前に出てしょぼしょぼ歩きの人。痩せているのに背中の丸みが際立ってきた人。動作に伴う腕の振りがO型に体から遊離している人(8割方自分が当てはまる)。外見上の話を並べてみても仕方ないが,そこに心象面も加味すれば,それはもう立派な『老い物語』となろう。
「ローマの休日」のアン王女はヘップバーン23歳。飢えた貧民の子を抱くヘップバーンは60歳。この外見の違いが人生なのだと,新聞の広告を前に自己確認をしていた。
【 血 縁 】
口を窄(すぼ)めて笑う,なんて所作は意識にないが,わたしの唇の上部は小さな縦皺の行列である。ちょうど幼児に老人の絵を描かせると多くはこう描くように。同年輩の友人にもこんな人はほとんどいない。市井の隅の老婆は別にもう気にしなくていいと思う一方で,やっぱり嫌だなあとも思う。目尻とか額とかの小皺は,年齢などとのイメージとは別な或る種の色気を感じさせる人もいるけれど,唇の上の皺なんてもの欲しそうで哀しいだけである。
学齢前,気の遠くなるような昔に,こんな口許の人を見たと記憶が手繰られ,ふ~んと合点の苦笑をする。その人は,周りの説明によればわたしの祖母ということだった。漆の色のあんなに赤いものかは知らないが,てかてかと磨かれた赤い襖戸の奥の仏間に小柄なその人はいた。笑っても笑わなくても口許に小さな縦皺を蓄えていたのを不思議に覚えている。戦死したというわたしの実父の焼香に,養父母が5歳のわたしを連れて行ったのだろう。もちろん泊まることはなく,三里半の山道を徒歩で帰ったのだったが。
そこは豪農と思しき構えで,祖父という人物が自在鍵の囲炉裏の横座に控えておった。物資の特に食料の乏しくなっていた給料生活者のわが父を横目に見て「**子に小遣いやろうかな」と老人が言った。手作りらしい布製の細長い巾着袋を取り出しておもむろに紐を解き,中からチャラチャラと三つ四つの小銭を選り出し,わたしの掌に一つずつ落としてゆく。手を差し出していた「時」のその長さを屈辱的に今でも忘れられない。
祖母という人には,たぶん年齢でも問われたのだったかもしれない。が,会話をした記憶は残っていない。会ったのもそのときだけで,二度と訪問はしなかった。
そんな生涯に一度しか拝顔してなく,わが人生に塵ほどの関与もなかった祖母なのに,なんで口許の皺だけを引き継がねばならなかったのか。理不尽とか不条理とか並べ立てても,これが血縁というものなのだろう。36年も泣き笑いを共にしたわが母に似れば,コンプレックスなど無縁のもっと言えば山田五十鈴(古い!)似の美女で,歩いた道も違っていたかもしれない。血縁とは或る種残酷なものである。(2023/1/30)