本物語
第76号 2023.8.25
思い出の カスタネット,どりこの 等
鈴木 雅子
昔,その時々に気になり,あとでゆっくり読もうなどと思って取っておいた新聞や雑誌の記事を,結局雑事にまぎれてそのままにしてあった。今95歳。身の周りのもろもろを整理しながらそれを見付け,やっと片付け始めたという,何とも恥ずかしい日々である。この調子ではまだ死ぬわけにはゆかない。神様もう少し時間を下さいませ。(こんな事を前にも書いたような気が……)
一つ。昨年(二〇二二)三月末の「カスタネット」の記事。子供が幼稚園の時の音楽教室で,母親達も一緒にあの青と赤のカスタネットを手にタンタンタタンと先生の声に合わせてリズムをとっていたものだ。その子達はもう一人前のお父さんお母さんとなっていることだろう。あの頃の先生の,やさしく綺麗なお声やお顔を懐かしく思い出した。今はこれを作る木が国内では入手困難で,カスタネット作りも止めているという記事である。あのカスタネットが消えゆく運命だとは――。一つくらい記念に頂いておきたかったな……いやそれではかえって迷惑になるかも――。こんなことを書きながら,世の中ははかない(・・・・)ものだと改めて思ったことであった。(現在は色をつけないものが作られているとは,後で知ったことである。)
もう一つは,これも以前(三年位前になるかも)旅の情報誌に載っていたものだが,東京大田区の「どりこの坂」の由来である。田園調布せせらぎ公園を望む場所。私はそちらの方に行ったことはないが,「どりこの」という飲み物は小学生の頃にはあって,一,二度位飲んだこともあったかと思う。淡い蜂蜜色の飲料で,うすめて飲んだのだったか(この点は余り覚えていなくて,不明)。あの頃,祖父母の住む金沢に行く夏休み,汽車の窓から「ど」「り」「こ」「の」の看板が次々に後ろに消えて行き,帰りの車窓からは「のこり(・・・)ど(・)」だと面白がっていたことも思い出した。現在も坂の名として残っているのだろうか。懐かしい思い出である。あの淡い色合いや味,ふともう一度飲んでみたいと思ったことである。
こんな思い出を書いて感慨にふけっているということは,やはり老いぼれ(・・・・)老人(・・)だということだろう。ま,それが今の本当の私なのだからよいとしよう。ぼやっとしているより,昔の思い出も,書いていれば頭と手の運動にはなるだろうから――。
先日は裁縫箱を整理した。昔は素人ながら,子供の普段着などは縫ったし,ボタン
付けやゴムの入れかえとか繕いものなど遣っていたのだが,今はせいぜいほつれを直す位ですんで余り出番が無い。とにかくもう針に糸を通すのが(老々(・・)眼で)むつかしくなってしまったのだから――今はそれも解決するような針があるとか聞いたが,今の私にはもう縁がない話である。――よく切れる裁ち鋏や,残っているミシン糸などは娘にゆずった。ちょうど鋏も買おうと思っていたし,糸も欲しいと思っていたのと同じ糸があったと言ってくれたので,よかったよかったと思い,嬉しかった。ピンキング鋏や,布に印を付けたり布を裁つ時に使う横長の机(二つを縦や横に並べて使う)なども,今は息子が住んでいる家に,まだ残し置いてあるのだが,それも娘にゆずろうと思う。洋裁が好きでいろいろ縫っている娘は喜んでくれると思う。――と思ったが,裁縫用の机はいらないと言うのでちょっとがっかり。でもまあ仕方ないか……。いつか何かの役には立つかもしれないから――。
明日からは身の廻りの色々の始末をやってゆくこととする。立つ鳥あとをにごさず。
(これは小鳥よりもっと大きな水鳥を指している語句なのでしょうが勝手に転用しました。水鳥さん,すみません。95歳に免じて許して下さいね。)庭の餌台に来てパン屑をついばみ,水浴びをする小鳥たちに負けないように,人間である私は心して恥ずかしくないように旅立ちたいと,改めて思ったことである。……実は私は,小学校六年間,「皆(かい)出席(しゅっせき)」で,立派な塗り物の硯箱を御褒美に頂いて,今も大切に飾ってある。(実をいうと,長いこと硯や墨,筆等を使っておらず,飾ってあるばかりなので,お
恥ずかしい限りなのであるが――) 能なしの健康体,何もしないで,食べて,寝ているだけ,というのも困りものだナと,顧て又々恥ずかしく思ったことである。
さて,ではこれから片づけにとりかかることにしようか,どっこいしょっと。(毎日々々度どっこいしょと言っていることか――) やれ,どっこらしょっ。あ,また。失礼しました。
一つ。昨年(二〇二二)三月末の「カスタネット」の記事。子供が幼稚園の時の音楽教室で,母親達も一緒にあの青と赤のカスタネットを手にタンタンタタンと先生の声に合わせてリズムをとっていたものだ。その子達はもう一人前のお父さんお母さんとなっていることだろう。あの頃の先生の,やさしく綺麗なお声やお顔を懐かしく思い出した。今はこれを作る木が国内では入手困難で,カスタネット作りも止めているという記事である。あのカスタネットが消えゆく運命だとは――。一つくらい記念に頂いておきたかったな……いやそれではかえって迷惑になるかも――。こんなことを書きながら,世の中ははかない(・・・・)ものだと改めて思ったことであった。(現在は色をつけないものが作られているとは,後で知ったことである。)
もう一つは,これも以前(三年位前になるかも)旅の情報誌に載っていたものだが,東京大田区の「どりこの坂」の由来である。田園調布せせらぎ公園を望む場所。私はそちらの方に行ったことはないが,「どりこの」という飲み物は小学生の頃にはあって,一,二度位飲んだこともあったかと思う。淡い蜂蜜色の飲料で,うすめて飲んだのだったか(この点は余り覚えていなくて,不明)。あの頃,祖父母の住む金沢に行く夏休み,汽車の窓から「ど」「り」「こ」「の」の看板が次々に後ろに消えて行き,帰りの車窓からは「のこり(・・・)ど(・)」だと面白がっていたことも思い出した。現在も坂の名として残っているのだろうか。懐かしい思い出である。あの淡い色合いや味,ふともう一度飲んでみたいと思ったことである。
こんな思い出を書いて感慨にふけっているということは,やはり老いぼれ(・・・・)老人(・・)だということだろう。ま,それが今の本当の私なのだからよいとしよう。ぼやっとしているより,昔の思い出も,書いていれば頭と手の運動にはなるだろうから――。
先日は裁縫箱を整理した。昔は素人ながら,子供の普段着などは縫ったし,ボタン
付けやゴムの入れかえとか繕いものなど遣っていたのだが,今はせいぜいほつれを直す位ですんで余り出番が無い。とにかくもう針に糸を通すのが(老々(・・)眼で)むつかしくなってしまったのだから――今はそれも解決するような針があるとか聞いたが,今の私にはもう縁がない話である。――よく切れる裁ち鋏や,残っているミシン糸などは娘にゆずった。ちょうど鋏も買おうと思っていたし,糸も欲しいと思っていたのと同じ糸があったと言ってくれたので,よかったよかったと思い,嬉しかった。ピンキング鋏や,布に印を付けたり布を裁つ時に使う横長の机(二つを縦や横に並べて使う)なども,今は息子が住んでいる家に,まだ残し置いてあるのだが,それも娘にゆずろうと思う。洋裁が好きでいろいろ縫っている娘は喜んでくれると思う。――と思ったが,裁縫用の机はいらないと言うのでちょっとがっかり。でもまあ仕方ないか……。いつか何かの役には立つかもしれないから――。
明日からは身の廻りの色々の始末をやってゆくこととする。立つ鳥あとをにごさず。
(これは小鳥よりもっと大きな水鳥を指している語句なのでしょうが勝手に転用しました。水鳥さん,すみません。95歳に免じて許して下さいね。)庭の餌台に来てパン屑をついばみ,水浴びをする小鳥たちに負けないように,人間である私は心して恥ずかしくないように旅立ちたいと,改めて思ったことである。……実は私は,小学校六年間,「皆(かい)出席(しゅっせき)」で,立派な塗り物の硯箱を御褒美に頂いて,今も大切に飾ってある。(実をいうと,長いこと硯や墨,筆等を使っておらず,飾ってあるばかりなので,お
恥ずかしい限りなのであるが――) 能なしの健康体,何もしないで,食べて,寝ているだけ,というのも困りものだナと,顧て又々恥ずかしく思ったことである。
さて,ではこれから片づけにとりかかることにしようか,どっこいしょっと。(毎日々々度どっこいしょと言っていることか――) やれ,どっこらしょっ。あ,また。失礼しました。