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本物語

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第77号 2023.12.25

「日本語」って不思議な言葉ですね!(その20)

松井 洋治

 この「日本語」に関する連載も,丸3年になり「20回目」を迎えた。この間,多くの方々から,貴重なご意見を戴けたことに,心から感謝している次第。20回という節目に,「日本語」には違いないが「語」ではなく「字」を取り上げてみたい。と言っても,中国からの「漢字」から派生した「カタカナ」や「ひらがな」ではなく「国字」(こくじ。和字とも)つまり「日本で作られた字」即ち「和製漢字」についてである。私が最初に父に教えられた国字は「峠」(とうげ)だ。父の生家が「周りより少し小高い場所」にあり,地元では「峠」と呼ばれていたが,地形通り「峠=山偏(やまへん)に上下」である。それ以後,「国字」に関心を持ち,気が付くたびに集め始めた。81歳になる現在までに集まった「国字」を数えてみると49文字ある。漢和辞典の中には「国字」だけのページを設けているものもあるようだが,自分で書き留めて来た数を,当連載20回目の「記念」(?)に残しておきたくなった。それらを,集めた順番ではなく,菅和辞典を真似て,下記の通り「部首」別に配列し直してみた。
 匁(もんめ),匂う(におう),凧(たこ),凪(なぎ),凩(こがらし),颪(おろし),
 圦(いり),圷(あくつ),辷る(すべる),辻(つじ),込む(こむ),迚も(とても),
 遖(あっぱれ),狆(ちん),笹(ささ),畠(はたけ),畑(はたけ),躾(しつけ),
 俤(おもかげ),働く(はたらく),枠(わく),栃(とち),桛(かせ),榊(さかき),梻(しきみ),桝(ま 
 す),栂(とが),杦(すぎ),烟(けむり),峠(とうげ),
 梺(ふもと),症(しょう),鋲(びょう),鑓(やり),銯(かすがい),簗(やな),
 拵え(こしらえ),麿(まろ),叺(かます),噺(はなし),鱈(たら),鯑(かずのこ),裃(かみしも),鞐 
 (こはぜ),怺える(こらえる),籾(もみ),閖(ゆり),
 閊える(つかえる,さしつかえる)
  
 以上が,これまでに私が集めた(手許のカードに記入した)「49」の「国字」である。
意図的に「門がまえ」(漢和辞典での「部首」の呼び方)の文字を最後に挙げたが,「閖」(ゆり)という字は,宮城県名取市にある「閖上」(ゆりあげ)という地区(郵便番号簿にも有り)以外では使われない文字で,十数年前にラジオで聞いて初めて知った話だが,その昔,地元を訪れた仙台藩の第4代藩主・伊達綱村公が,寺の山門越しに見える海が余りに美しいので,「あの海岸は何というのか?」と地元の人に尋ねると「昔から《ゆりあげ》浜と呼んでおります」,「どんな字を書く?」、「特に字はありませんが…」と答えると、「この山門から見える海が気に入った。これからは、「門」の中に「水」という文字を入れて《閖上(ゆりあげ)》浜とするように」と言ったことから「閖」という「国字」が出来たという。ただ,この「国字」は、「ゆり」だけで検索しても出て来ない。「ゆりあげ」として初めて出て来るし,それ以外の用例も見かけたことがない。数年前,友人の三味線発表会のプログラムで「閖上大漁節」にお目にかかったことがあるだけで、それ以後は出会わないまま。しかし,地元では,行政上だけでなく,日常生活でも必要なため「閖」という「国字」が頻繁に使われているに違いない。
 国字には,まだこの2~3倍の字がありそうだが,これ以上集めても,「そんなものを集めて,どうするのか? 誰かに教えて,自慢したいのか?」と言われるのがオチかもしれない。現に,「友人関係は,率直であることがベスト」と思っているのか,私のことを「知識自慢,教えたがり」と,面と向かって批判する友人もいる。80歳を過ぎてからパソコンの勉強を始め,何と「ゲームソフトの開発」に成功した若宮正子さんのお言葉に「有り余る好奇心、足りないのは時間だけ」というのがあった。全面的に賛成したいところだが,最近出会った「好奇心というものは、実は、虚栄心・見栄に過ぎない。たいていの場合、何かを知ろうとする人は、ただそれについて他人に語りたいだけだから」というフランスの哲学者パスカルの残した言葉に,打ちのめされた気がしている。しかし,その反面,普段から,本や新聞を積極的に読むでもなく,進んで何かを企画して友人・知人を楽しませようなどとも考えず,それでいて,他人が言うこと,為すことには,「こうすべきだ」とか,「お前の自己満足を押し付けるな」とケチをつけ,批判ばかりする人々に,これまで,さんざん苦しめられて来た私にとって,「過去を忘れ,好奇心だけを友として,前向きに生きる」,つまり「人生の本舞台は常に将来にあり」という憲政の神様・尾崎咢堂翁の92歳の時の言葉を心の支えにして,一度しかない人生,楽しみながら笑顔のままで終えたいと思っている。従って,「国字」集めも,まだまだ続けたいし,見栄だと言われようと,自己満足だと軽蔑されようと,大好きな母国語・日本語をもう少し掘り下げてみたいのだ。案外私も若宮さん同様,「足りないのは時間だけ」なのかもしれない。
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