本物語
第77号 2023.12.25
介護とは―現役介護職員の考える介護―
水上 慎也
私は現在,東京・国分寺市にある「社会福祉法人にんじんの会」に勤務しており,高齢者の介護の一端を担っております。日々,「介護とは何か,どうあるべきか」を考えながら利用者様と向き合っているのですが,社会人となってからずっとこの職に就いていたわけではありません。そこで,介護職員となるまでと,なった後からの自分を振り返ってみることで,今,自分が考える「介護とは何か」について述べてみたいと思います。最後までお読みいただけましたら幸いです。
私が社会人になった頃はまさに就職氷河期,就職戦線は激戦で苦労しましたが結局“派遣労働者”で妥協してしまいました。いろいろな技術が学べるとか,やりたいことができるという謳い文句で,希望に満ちて社会に飛び出したのでしが,数年経っても……。職場を転々とし経験もスキルもない新人同然の自分がいました。少しずつ危機感を覚えて漠然と退職を考えていましたが,先輩に相談したところ営業職への転向を勧められました。知識もスキルも何もないと思っていた自分でしたが,“派遣”だったが故にさまざまな現場を知って得たことの知識やいろいろな人とコミュニケーションをとることができたことが役に立ち,営業になってからも多くのお客様とのコミュニケーションをとる機会に恵まれ,昨今よく言われている『聞く力』をつけることができました。
それから数年経ち,今から15年前に起きた世界的金融危機いわゆるリーマンショック,そのあおりを受けて無職となってしまいました。当時は30代となって間もなく,年齢的には何でもできると思っていて,次の仕事は何をしようと漠然と考えていたあの頃……でしたが,景気は最悪で職種の選択肢は少なかったのです。まずは退職時の営業職を考えましたが,それまで経験した職種からして,圧倒的に知識もスキルも年齢としては足りておらず,数少ない就職口にはライバルが殺到し激戦となっていました。営業希望者としては物足りないが,人の話を聞くことで役に立てる仕事はないか,と思案して求人を探すと福祉関連の募集が出てきました。とても大変な仕事ではあったが景気によって無くなる仕事でもない。まずはやってみよう,と思い立ったのが「介護」の仕事に就くきっかけでした。
「にんじんの会」へは,『人』が『参』画する会が由来で,『介護はプロに。家族は愛を。』を標榜していることもあってお世話になることを決めました。入職後デイサービスと特別養護老人ホームを経験し,現在は「リハセンターにんじん・健康の駅」にて再びデイサービスに戻り,介護職と相談員業務を行っています。
さて,「やってみよう」がきっかけの介護職でしたが,経験を積み改めて本題の『介護とは』を考えると,介護は一人ですべてはできないことなのだ,ということを痛感させられました。一人の高齢者の介護を行うには,介護のリーダー的存在のケアマネージャーを筆頭に在宅ヘルパーやデイサービスなどの介護サービスや医療やリハビリそしてご家族様の協力がなければ成り立たず,こうした方々とのコミュニケーションを緊密にとることが重要なのだと自分は考えています。
ご家族様にご存じいただきたいのは,食事や排せつなどの日常生活動作(ADL)を維持していくことが高齢者の介護には大変重要になってくるということです。ADLは転倒したりして悪くなるのは一瞬なのですが,一度悪くなってしまうと戻すのがとても難しいので,いかに今を維持していくかがとても大事なのです。
また『介護はプロに。』だけではなく,『プロから愛も。』も必要なのです。もちろんご家族の方々の愛は大事です。ただ同時に介護サービスに携わる者も愛を持って介護を行ってほしいのです。介護をする人にそういった思いがあれば,より注意深く健康状態を観察したり,普段とのちょっとした動作の違いで病気などにも気が付くことができたりするのです。私は介護される人と介護する人が互いに信頼をもって接することがよりよい介護につながる、それには介護する側の愛が欠かせないと考えています。
最後にもう一つ。今は,長く住み慣れたご自宅で生を全うすることが難しくなったと言われます。しかし,ご家族の環境でご自宅での全うが難しくても健康やADLが維持することができれば特別養護老人ホームやグループホームでご家族や介護職員たちに見守られての静かなお見送りも可能なのです。その環境を整えることは私たち『プロ』のうでの見せ所なのです。
ご一読ありがとうございました。
私が社会人になった頃はまさに就職氷河期,就職戦線は激戦で苦労しましたが結局“派遣労働者”で妥協してしまいました。いろいろな技術が学べるとか,やりたいことができるという謳い文句で,希望に満ちて社会に飛び出したのでしが,数年経っても……。職場を転々とし経験もスキルもない新人同然の自分がいました。少しずつ危機感を覚えて漠然と退職を考えていましたが,先輩に相談したところ営業職への転向を勧められました。知識もスキルも何もないと思っていた自分でしたが,“派遣”だったが故にさまざまな現場を知って得たことの知識やいろいろな人とコミュニケーションをとることができたことが役に立ち,営業になってからも多くのお客様とのコミュニケーションをとる機会に恵まれ,昨今よく言われている『聞く力』をつけることができました。
それから数年経ち,今から15年前に起きた世界的金融危機いわゆるリーマンショック,そのあおりを受けて無職となってしまいました。当時は30代となって間もなく,年齢的には何でもできると思っていて,次の仕事は何をしようと漠然と考えていたあの頃……でしたが,景気は最悪で職種の選択肢は少なかったのです。まずは退職時の営業職を考えましたが,それまで経験した職種からして,圧倒的に知識もスキルも年齢としては足りておらず,数少ない就職口にはライバルが殺到し激戦となっていました。営業希望者としては物足りないが,人の話を聞くことで役に立てる仕事はないか,と思案して求人を探すと福祉関連の募集が出てきました。とても大変な仕事ではあったが景気によって無くなる仕事でもない。まずはやってみよう,と思い立ったのが「介護」の仕事に就くきっかけでした。
「にんじんの会」へは,『人』が『参』画する会が由来で,『介護はプロに。家族は愛を。』を標榜していることもあってお世話になることを決めました。入職後デイサービスと特別養護老人ホームを経験し,現在は「リハセンターにんじん・健康の駅」にて再びデイサービスに戻り,介護職と相談員業務を行っています。
さて,「やってみよう」がきっかけの介護職でしたが,経験を積み改めて本題の『介護とは』を考えると,介護は一人ですべてはできないことなのだ,ということを痛感させられました。一人の高齢者の介護を行うには,介護のリーダー的存在のケアマネージャーを筆頭に在宅ヘルパーやデイサービスなどの介護サービスや医療やリハビリそしてご家族様の協力がなければ成り立たず,こうした方々とのコミュニケーションを緊密にとることが重要なのだと自分は考えています。
ご家族様にご存じいただきたいのは,食事や排せつなどの日常生活動作(ADL)を維持していくことが高齢者の介護には大変重要になってくるということです。ADLは転倒したりして悪くなるのは一瞬なのですが,一度悪くなってしまうと戻すのがとても難しいので,いかに今を維持していくかがとても大事なのです。
また『介護はプロに。』だけではなく,『プロから愛も。』も必要なのです。もちろんご家族の方々の愛は大事です。ただ同時に介護サービスに携わる者も愛を持って介護を行ってほしいのです。介護をする人にそういった思いがあれば,より注意深く健康状態を観察したり,普段とのちょっとした動作の違いで病気などにも気が付くことができたりするのです。私は介護される人と介護する人が互いに信頼をもって接することがよりよい介護につながる、それには介護する側の愛が欠かせないと考えています。
最後にもう一つ。今は,長く住み慣れたご自宅で生を全うすることが難しくなったと言われます。しかし,ご家族の環境でご自宅での全うが難しくても健康やADLが維持することができれば特別養護老人ホームやグループホームでご家族や介護職員たちに見守られての静かなお見送りも可能なのです。その環境を整えることは私たち『プロ』のうでの見せ所なのです。
ご一読ありがとうございました。