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本物語

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第77号 2023.12.25

常に非ず~過去を繋ぐ現在〈今〉として~

菊池 隼

 東日本大震災から12年。今でも私は岩手県北上市から被災地釜石市へ毎日往復を繰り返している。単純計算で1日160キロ。年約240日を12年間。約50万キロを走破した計算である。不思議な感覚だが,住所を置き生活の拠点であるべき場所に私という存在は日を跨ぐごとに薄れてゆき,当たり前のように活動を続ける釜石では私という存在は確実にあると感じるこのごろ。行動の源である自分の酔狂さに少しだけあきれつつ」、時間が流れるのは速いものだと感じている。
 大震災から派生するさまざまな事柄は「私」にその長い時間を費やす決意を起こさせたほどの大きな衝撃だった。災害で失ったものは物質的なものだけではなく釜石に暮らす人たちの尊厳を大きく奪ってしまったように感じた。だからこそ距離は離れていても岩手という同郷の一人の人間として寄り添い共に歩みたいと今でも考えている。
 現在私は岩手釜石で何をしているかということを読者の皆様にご紹介したい。時は遡り震災から約7年後の2018(平成30)年,釜石市にて「グッドウッドプロジェクト(以下,プロジェクト)」林福連携事業という事業を開始した。この事業は復興支援活動の中核を担う釜石市社会福祉協議会と共に行ってきたさまざまな復興支援プログラムで明らかになった地域課題をもとに構想した事業である。
 大震災から10年以上の時を経て,被災者の生活課題は大きく変遷してきた。中でも着目したのは2つの大きな課題であった。1つめは,「地縁の喪失」である。大震災は様々な形で被災者のなじみの関係を奪い,地域社会との接点を消失させた。それはやがて「孤立」や「孤独」の課題として浮き彫りになり,特に男性高齢者に顕著であった。
 2つめは,「家計の不安」に関することである。「東日本大震災被災者実態調査研究」のアンケートによると,「今の家計と将来の家計の見通し」については,「“今の家計”が厳しいという回答や,「“今後の家計”が悪くなる」との回答が6割を超え,また,家計にゆとりのない人ほど,将来の家計の見通しに悲観的であることが分かった。さらには,釜石市は生活保護受給率が岩手県内第2位と高く,大震災後徐々に「生活が苦しい」との相談件数が増加していること,2013年に施行された生活困窮者自立支援法では,「就労支援におけるつなぎ先の確保が課題」との意見を聞き,多様な世代の人
たちが働ける場が求められることを実感した。
 これらのことから,「孤立」と「家計(就労)」の不安解消こそが被災地復興の足掛かりであると考え,具体的な解決の糸口を検討することを始めた。そして,多様な可能性を模索していた中で市域の9割を占める「森林資源」を中間的就労の場,「生きがい」を生み出す活動の場となり得るのではないかと考え始めた。そこで,釜石地方森林組合へ「被災者が参画する機会はないか」と相談したところ,「薪」の加工販売が需要に応えきれず薪ストーブユーザーが困っている現状等を教わり,このことが被災高齢者や若年無業者,生活困窮者の持つ力を生かした「生きがい就労事業」の発想につながった。
 こうして2018年に開設した「居場所」では,孤立しがちな人,生活困窮の人,震災から漁業を諦め就労機会を失った人,元気な高齢者など多様な人が活動を行っている。現在では東北6県116店舗,全国100店舗を超える販路を構築し,年間延べ2,500名が参加する「生きがい就労」が完成された。
 事業へ参加する地域住民には早々から大きな変化が見られた。生活保護受給から脱した世帯,国民健康保険などの滞納を解消した人,趣味に費やすお金を得たことで毎日の楽しみが増えたと笑顔で話す若者,サロンの参加費の心配がなくなったと話す女性高齢者等のほがらかな声が聞こえるようになった。中には活動のために人生で初めてスマートホンを手に入れた高齢者も生まれている。さらに,2022年には活動が評価され,環境省主催「第10回グッドライフアワード・環境大臣賞(地域コミュニティ部門)」を受賞するまでの活動となった。
 事業では林業で福祉的支援が必要な人が活躍できる場を整備し,収益化を図ることで事業継続性を高めてきた。復興の道筋を着実に進めるには50万キロの酔狂も悪くはなかったと確認することができた。
 今後は,人口減少の著しい地方において,福祉課題を持つ人が分野にとらわれない多様なスタイルで参加できるビジネスを地元にあるものを有効活用することはできないか問い続けていく。こうした試みを重ねることによって,時が止まってしまった震災から釜石が“ミライ”の扉を開くことができるのではないかと考えている。
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