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本物語

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第77号 2023.12.25

ゴ ル フ

伊藤 研二

 私が会社に入社した頃は高度経済成長の始まりです。娯楽と言えば食事会でしたがボーリングの出現で懇親会の流れは一変します。女性にも人気がありボーリング場は予約が取れないほどの盛況となりました。ボーリングのボールは軽くて7~8㎏、重いものは10~12㎏もあります。レーンに逆三角形に並ぶ15本のピンにボールを投げて倒す。ボールがピンに当たって弾ける音が爽快です。1回で全てのピンを倒せばストライクで,2回でならスペアー。溝に落とせばガーターで得点は0となります。
 職場のボーリング大会で2位になったことがあります。まぐれでターキーが出たのです。ターキーとはストライクが3回続くことで得点が倍加されるのです。2位となり当時は珍しかった蛍光灯の電気スタンドを貰いました。デザインが洒落ていて嬉しかったのですが家に持って帰るのに苦労しました。当時はまだ車を持っていませんでした。
 ボーリングブームが去って職場でゴルフをする人が出て来ました。ボーリングはボールと靴があれば良い,それもボーリング場で借りれば良いのだがゴルフはそうはいかないのです。道具を揃えなければならない,クラブも靴も服装もそれにボールも揃えねばならない,ゴルフ場の会員権がないとプレー出来ない,その前にボールを打てるようにしないと話にならないのです。そこで,先ずは練習場に行きました。クラブの握り方、打つ時のフォームは教わったのでしたが空振り、当たってもとんでもない所へボールが飛んで行く。これは大変だぞ,コースに出るにはダンプカー1台分のボールを打たないと行けないと言われたがその通りだと実感しました。
 ゴルフ好きな人は大抵が教え魔です。クラブの握り方,構え方,ボールの位置とクラブを振る時の腰,足,腕,肘の動き等を注意されるが,とてもじゃないが体を動かせません。ある人の教えですが,肩を回すこと,構えたら左肩があごの下に来るようにクラブを上げてボールを打つ時は右肩があごの下にくるように振り下ろす。これで良いのです。
 何とかボールが飛ぶようになった頃,練習場とコースでは全然違うので一度コースに出てみたらとアドバイスを受けました。初めてプレーしたのは12ホールのショートコースで生憎の雨でした。キャデーさんは居ないのでクラブは自分で運ぶ。1番ホール。キャデーさんが居ればクラブを選んでくれるのだがいないのでドライバーで打つ。1番だけは距離があると聞いていた為。ゴロでほんの少し飛んだだけ。2打目からアイアンであっちこっちへ打って7回目ぐらいでやっとグリーンに乗ってスリーパット。スコアカードには12と記入する。ゴルフに過少申告は厳禁だからと教わっていたので+2で記入した。
 ある時ティーグランドから思いっきり打ったボールがあさっての方向へ飛んで行き、土手にめりこんで終い,しかも傍に岩があって打てません。どうしようかと思っていたら友達がこういう時は2打罰で打てる所へボールを出して良いと教えて呉れました。
 初めてのゴルフはそんなこんなで散々でした。スコアカードは雨でぐしゃぐしゃ。どれだけ打ったか分からない。それでもスコアカードは残すべきだったな。
 2度目は18ホールの所謂本コース。海に近くて風が強いのでピンがグリーンと平行になるくらい曲がる日があると言われました。プレー中はそんなに風が強いと思わなかったがハーフを終わって次のホールへ向かっているとき、帽子が風に飛ばされて池に落ちてしまいました。そんな大きい池ではないので向こう岸で拾うか思ったら真ん中の水連に捕まりました。買ったばかりの高い帽子でした。スコアは122~3ぐらい。この時は100を切るのはそんなに難しくないと思いました。しかし,友達が俺は百獣(110)の王ライオンだと言っていましたが,私もその通り。ドライバーが良いときはアイアンがダメでアイアンが良いときはドライバーがダメの繰り返しでした。
 少し自慢話を。三河の奥にあるゴルフ場のミドルホールでのイーグル。ティーショットはドライバーで今日一番の当たりでした。2打は前方に林があってグリーンは見えません。キャデーさんの声のする方向に打つ。キャデーさんの声で入ったと分かった。ホントです。スコアカードは残っていない。しかしボールは残してあります。オレンジのラージボール。もう一つ。豊田市にある距離のあるコースを99で回り優勝しました。後日スポーツ新聞に小さく名前が載りました。これは切り抜きを持っていたのですが,無くなりました。
 殆どの友人がゴルフを止めています。私は60才で止めました。テレビでゴルフ中継を見ているともう一度芝の上を歩いて見たいと思います。
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