本物語
第78号 2024.3.31
花 旅
野口 広鎮
どこかへ行きたい。しかし,二人の意見はいつも合わなかった。私は登山へ,家人は観光地巡りと。その家人に,「暖かな房総へ花を見に行かないか」と暫く口にしなかった誘いの言葉で言った。家人は目を大きく見開き,「嬉
しいわ」と顔をほころばせる。
二月の中旬,房総半島の東京湾に面する鋸南町(きょなんまち)に着いた。昼めしに立ち寄った食堂で,「水仙ですか? 海辺に近いここは盛りを過ぎました。山のほうなら,あちこちに咲いています」と女主人に教えられた山間部へ車を走らせる。
車の両側には,生真面目に整列した水仙が行く先々に咲いていた。家人は,「水仙の多さや,手入れの良さだけではね……」と素気なく言った。私もその水仙に不自然さを感じていた。また走り,道端の空き地に駐車した。車を
降り山道を見つけて登る。
周辺の斜面の所々に水仙が咲いていた。途中,急斜面を横断しなければならない危険な土砂道になった。家人に「この道,危ないから休んでいて」と言い置き,慎重に斜面の道を通り抜けた。ホッと息をついて,周りに目を移
す。その風景に目を奪われた。樹々の間から穏やかな陽が差し込む草地に,水仙が幾つもの群をなしていた。鮮やかな緑の葉,茎の頭部につけた白色の花弁と黄色の花芯が目に飛び込んできた。花たちは無造作に立ち並び,風に
揺られ思い思いの方向に顔を向けていた。思わず「見事な風景だ」と大声で言った。ふと,後ろを振り返る。なんと家人がこちらへ歩いてくるではないか。私の声が聞こえたのだろう。足の運びも確実に道をとらえていた。こち
らに着いた家人は,あたりを見回し,「秘境に咲く見事な水仙だわ」 と言った。 家人とは行先は異なっていたが,今,同じ感動の中にいたように思えた。帰路に向かう車中は土産の水仙の甘い香りが漂っていた。
しいわ」と顔をほころばせる。
二月の中旬,房総半島の東京湾に面する鋸南町(きょなんまち)に着いた。昼めしに立ち寄った食堂で,「水仙ですか? 海辺に近いここは盛りを過ぎました。山のほうなら,あちこちに咲いています」と女主人に教えられた山間部へ車を走らせる。
車の両側には,生真面目に整列した水仙が行く先々に咲いていた。家人は,「水仙の多さや,手入れの良さだけではね……」と素気なく言った。私もその水仙に不自然さを感じていた。また走り,道端の空き地に駐車した。車を
降り山道を見つけて登る。
周辺の斜面の所々に水仙が咲いていた。途中,急斜面を横断しなければならない危険な土砂道になった。家人に「この道,危ないから休んでいて」と言い置き,慎重に斜面の道を通り抜けた。ホッと息をついて,周りに目を移
す。その風景に目を奪われた。樹々の間から穏やかな陽が差し込む草地に,水仙が幾つもの群をなしていた。鮮やかな緑の葉,茎の頭部につけた白色の花弁と黄色の花芯が目に飛び込んできた。花たちは無造作に立ち並び,風に
揺られ思い思いの方向に顔を向けていた。思わず「見事な風景だ」と大声で言った。ふと,後ろを振り返る。なんと家人がこちらへ歩いてくるではないか。私の声が聞こえたのだろう。足の運びも確実に道をとらえていた。こち
らに着いた家人は,あたりを見回し,「秘境に咲く見事な水仙だわ」 と言った。 家人とは行先は異なっていたが,今,同じ感動の中にいたように思えた。帰路に向かう車中は土産の水仙の甘い香りが漂っていた。