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本物語

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第78号 2024.3.31

宇宙飛行士の体験から学ぶ

猪岡 光

 1968年に月周回軌道上のアポロ8号で撮影された地球の写真により,人類は自分たちが生まれ育った星を初めて眺めることができた。私もその写真を見て,地球は本当に丸かったのだと興奮したことを覚えている。暗い宇宙空間に浮かぶ地球の写真を見て,誰もが資源,土地などが有限であることを実感した。「宇宙船地球号」なる言葉も生まれた。しかし,地球の有限性に対応するような生産や生活様式の世界的な変更は生じなかった。当時の世界人口は36億人だったが,そのまま人口増加は継続しこの50年で2倍以上の80億人になった。資源の浪費も続き,環境破壊は一層深刻化し,気候変動を生じるまでに至った。気候変動の結果を実感することで,やっと環境対策の動きがスタートした。ホモサピエンスは「賢い人間」とのことだが,賢さが失われてきたのであろうか。

 生物進化の流れの中,現生人類(ホモサピエンス)につながる祖先としては,猿人,原人,ネアンデルタール人,デニソア人などが知られているが,すべて絶滅した。現生人類はおよそ20~30万年前に誕生し,6~8万年前にアフリカから世界に広がり,80億人を超えるまでに発展した。なぜにホモサピエンスのみが生き残り大発展を遂げたのか。「サピエンス全史」の著者であるノア・ハラリ氏は,「認知革命」とも言える新しい思考力と意思疎通の獲得によるものと説明している。特に,事実には,「客観的事実」と「主観的事実」に加えて「虚構」と呼ばれる「実在しない架空の事実」,「共同主観的事実」があり,この「虚構」こそが極めて重要な役割を果たしてきたと強調している。集団が何らかの架空の事実である虚構を信じて共同行動することで,極めて急速に社会を変えることができるようになった。虚構は,伝説,神話から,宗教,貨幣,国家,法律,イデオロギーなど,人間活動の拡大の基盤となっている。

 しかし虚構は争いの元にもなってきた。動物における争いは生命維持のためであり,弱肉強食は食物連鎖の必然である。人間においては,「虚構」である宗教やイデオロギーで争いが起こり,さらに国境をめぐる争いも続いている。人類の発展の基盤である虚構が戦争を起こし人類の危機を招いているという皮肉な結果である。人類は悲惨な
戦争を何度も繰り返し,戦争を回避するための努力もしてきた。国際連合は,第二次世界大戦の勃発を防げなかった国際連盟の反省を踏まえて設立された。しかし,その国際平和と安全の維持の機能は発揮されていない。虚構が力を発揮するのは,それを信じて共同行動することにある。虚構である国際連合が力を持たないのは,加盟国が共同の行動よりも個々の立場の行動を優先するからである。このように虚構が機能せず単に言葉だけが独り歩きする例が増えた。人類発展の基盤である虚構が,今やその有用性を失いつつある。

 従来の「虚構」を乗り越えて人類が発展するには,全く新しい次元での感覚が必要であると思う。それは地球を宇宙から見た宇宙飛行士の体験にヒントがありそうだ。宇宙飛行士の毛利衛氏の「宇宙からは国境線が見えなかった」という言葉に手がかりを感じる。宇宙から直接肉眼で地球を見ることは,地表にへばりついている私たちには想像できない行為である。帰還後の飛行士たちの,言葉にならない思い,感想にほぼ共通しているのは,「自分と地球のつながり」,「生命との一体感」である。野口聰一氏は「ひとり一人の人間が、植物が、様々な動物たちが地球上で命を謳歌していることが、リアルな存在として感じられた。確かに『命を見た』という実感を得た」と言っている。毛利衛氏は「自分はいわば地球という大きな生命体を構成する細胞の一つと言えるのではないか。その一個の細胞である私の中には地球と生命が共に歩んできた歴史が刻まれているのだ。」

 このような感覚を持つことができれば,地球と一体化した新たな視点から全世界を見て行動することができるのではないか。しかし,どうすればこのような感覚を私たちは獲得できるのであろうか。立花隆氏は,宇宙飛行士12人に取材しまとめた記事「宇宙からの帰還」の中で,彼らの証言を「実体験した人のみがそれについて語りうるような体験」と呼んでいる。そのような特別の体験に,地表にいる私たちはどこまで近づけるのであろうか。あるいは,このような感覚をもつ新しい人類の登場を待たなければならないのだろうか。
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