本物語
第78号 2024.3.31
不治の病・膠原病からの生還
小野寺 晟一郎
毎週木曜日,TBS系のビデオ放送の「いい歌,いい話」のタイトルで歌い続けている八代亜紀さん。今となればいずれも録画になりますけど……。
新春のスポーツ紙の一面に,一瞬私は自分の目を疑いました。「八代亜紀死亡」のニュース。報道によれば,昨年九月ごろから療養生活に入っていたとか。死亡の原因の膠原病。それは世界でも難病の一つに数えられ,不治の病と云われています。その膠原病の一種である抗MDA5抗体陽性膚筋炎と進行性間質性肺炎が八代さんの死亡原因だったとのこと。
私の妻の兄も同じ病気に罹患しました。義兄・翁海星は中国人で,浙江省舟山市在住の彫刻師です。闘病中に病が進行し,余命三ヶ月と宣告されました。八代さんも同じような宣告を言われていたのではと思います。義兄はその後,症状が進むにつれ,身体にも異常が見られるようになり,お尻の部分に腫瘍が見つかり,摘出したらなんと玉ねぎ大の物にびっくりしたそうです。
その報を聞いた妻は,すぐに日本の医療での診療をと来日を促し,急いで手配しました。義兄はお尻の傷の縫い合わせもせずに飛行機や電車の中では穴の空いた座ぶとんを敷いて来日しました。
翌日,資料を持って,気仙沼市立総合病院へ。先ず医師に,お尻の傷の縫い合わせをお願いしたところ,時間が経っているから縫い合わせは出来ませんとのこと。そして,準備してきた中国の病院からの資料を出すと,良く診ることもなく,あっ,これは治りません,と資料を返されました。そして精算しに行き請求書を見てまたびっくり。十万円なんですね。妻も義兄もびっくり。私も言葉を失いました。
それでも妻は,なんとか助けたいと,仙台の病院を探してくれと私に懇願しました。それではと,数か所の病院に電話をして状況を話したところ,一様に,当病院では治療は出来ませんとの返事でした。もし診察した場合は,初診料はいくらになりますかと,聞きますと,百万は準備して頂くようですよと。義兄は「覚悟はもう出来ている」と,気丈に振舞います。その姿に,私は力になれず,申し訳ない気持ちになりました。
その時ふと次のことを思いつきました。気仙沼に健康サプリメントを製造している光苔(ヒカリコケ)という会社があり,そこではマコモ竹を乾燥粉末にして、それを湯水で溶かして服用すると体内の毒素を排泄するというものを作っています。初代の社長さんが昔,沼辺で白鳥が傷の付いた足の傷口にマコモ根を口バシで当てている光景を見て,これは何かあると思い,研究を続けて血止や体内の毒素を排泄することを発見し,作り出したものだそうです。
車の運転を仕事にしていた私は二十年程前に二年間程,乾燥原料の運搬で県内から秋田県の八郎潟まで走った時のことを思い出し,ワラにもすがる思いでそれを300g買って,中国へ帰国する義兄に渡しました。
それから数ヶ月,義兄は四方の漢方医を訪ね廻ったところ,膠原病に立ち向かっている医師を見つけたのです。病院は浙江省にあり,その名前は「中国浙江医科大学第二付属病院」,医師は曹越蘭毛皮科主任。TEL13757128329‼ そこではまずCTX静脈衝撃治療をし,症状が安定した後,メチルプレドニゾロン(ホルモン)を投薬して,現在はホルモン(薬の名は,片仔癘)を服用して体調を維持していて,余命三ヶ月の宣告からもう五年以上も延命しております。
余談になりますが,義兄が住んでいるのは中国の舟山市というところで,私が住んでいる気仙沼市と友好都市の契りを結んでおりまして,気仙沼市役所の別棟であるワンテンビルにある市民ホールには義兄作の彫刻品が数点展示されてあります。機会がありましたらご来市いただきたいと思います。
万が一,本書の読者の方が同名病に罹患された場合,それから助かることを願って義兄のことをお知らせしましたが,八代亜紀さんもこのことを知っておられたら助かったかもしれないと思いますと残念でしかたありません。
ここに八代亜紀さんのご冥福をお祈りいたします。
新春のスポーツ紙の一面に,一瞬私は自分の目を疑いました。「八代亜紀死亡」のニュース。報道によれば,昨年九月ごろから療養生活に入っていたとか。死亡の原因の膠原病。それは世界でも難病の一つに数えられ,不治の病と云われています。その膠原病の一種である抗MDA5抗体陽性膚筋炎と進行性間質性肺炎が八代さんの死亡原因だったとのこと。
私の妻の兄も同じ病気に罹患しました。義兄・翁海星は中国人で,浙江省舟山市在住の彫刻師です。闘病中に病が進行し,余命三ヶ月と宣告されました。八代さんも同じような宣告を言われていたのではと思います。義兄はその後,症状が進むにつれ,身体にも異常が見られるようになり,お尻の部分に腫瘍が見つかり,摘出したらなんと玉ねぎ大の物にびっくりしたそうです。
その報を聞いた妻は,すぐに日本の医療での診療をと来日を促し,急いで手配しました。義兄はお尻の傷の縫い合わせもせずに飛行機や電車の中では穴の空いた座ぶとんを敷いて来日しました。
翌日,資料を持って,気仙沼市立総合病院へ。先ず医師に,お尻の傷の縫い合わせをお願いしたところ,時間が経っているから縫い合わせは出来ませんとのこと。そして,準備してきた中国の病院からの資料を出すと,良く診ることもなく,あっ,これは治りません,と資料を返されました。そして精算しに行き請求書を見てまたびっくり。十万円なんですね。妻も義兄もびっくり。私も言葉を失いました。
それでも妻は,なんとか助けたいと,仙台の病院を探してくれと私に懇願しました。それではと,数か所の病院に電話をして状況を話したところ,一様に,当病院では治療は出来ませんとの返事でした。もし診察した場合は,初診料はいくらになりますかと,聞きますと,百万は準備して頂くようですよと。義兄は「覚悟はもう出来ている」と,気丈に振舞います。その姿に,私は力になれず,申し訳ない気持ちになりました。
その時ふと次のことを思いつきました。気仙沼に健康サプリメントを製造している光苔(ヒカリコケ)という会社があり,そこではマコモ竹を乾燥粉末にして、それを湯水で溶かして服用すると体内の毒素を排泄するというものを作っています。初代の社長さんが昔,沼辺で白鳥が傷の付いた足の傷口にマコモ根を口バシで当てている光景を見て,これは何かあると思い,研究を続けて血止や体内の毒素を排泄することを発見し,作り出したものだそうです。
車の運転を仕事にしていた私は二十年程前に二年間程,乾燥原料の運搬で県内から秋田県の八郎潟まで走った時のことを思い出し,ワラにもすがる思いでそれを300g買って,中国へ帰国する義兄に渡しました。
それから数ヶ月,義兄は四方の漢方医を訪ね廻ったところ,膠原病に立ち向かっている医師を見つけたのです。病院は浙江省にあり,その名前は「中国浙江医科大学第二付属病院」,医師は曹越蘭毛皮科主任。TEL13757128329‼ そこではまずCTX静脈衝撃治療をし,症状が安定した後,メチルプレドニゾロン(ホルモン)を投薬して,現在はホルモン(薬の名は,片仔癘)を服用して体調を維持していて,余命三ヶ月の宣告からもう五年以上も延命しております。
余談になりますが,義兄が住んでいるのは中国の舟山市というところで,私が住んでいる気仙沼市と友好都市の契りを結んでおりまして,気仙沼市役所の別棟であるワンテンビルにある市民ホールには義兄作の彫刻品が数点展示されてあります。機会がありましたらご来市いただきたいと思います。
万が一,本書の読者の方が同名病に罹患された場合,それから助かることを願って義兄のことをお知らせしましたが,八代亜紀さんもこのことを知っておられたら助かったかもしれないと思いますと残念でしかたありません。
ここに八代亜紀さんのご冥福をお祈りいたします。