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本物語

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第79号 2024.7.25

「日本語」って不思議な言葉ですね!(その22)

松井 洋治

 前回は,通算24年間の私の「非常勤講師」体験中に,留学生から受けた「日本語に関する質問」の中で,日本の人は「私好きですか?」ではなく,「私のこと,好きですか?」と言うのは何故ですか?…という話を取り上げたが,今回は「日本人の挨拶」に関するアメリカ人留学生から受けた質問をご紹介しよう。たまたま,高校時代に私自身が同じ疑問を抱き,自分なりに調べた記憶があったため,前回の「私のこと好きですか?」の時ほどは,まごつかずに答えることが出来た。
 「お早う,お早うございます」,「こんにちは」,「今晩は」,「さよなら,さようなら」などの「語源」を知りたいというのである。普段から,殆ど無意識に使っている言葉だが,朝(午前中)の挨拶は「お早う」ということになっているから,余り早くなくても「お早う」と言い合っている。ただ,後述するが「相手が早く出て来た時」に使った言葉らしく,それがいつの間にか,朝の挨拶として定着したらしい。「こんにちは」は「こんにちは,ご機嫌いかがですか?」の後半部分が省略されたもの。「今晩は」も全く同じ理由らしい。「さよなら,さようなら」は,時代劇でよく使われる「さようならば,しからば,それならば(この辺で)」が変化したもので,これ等が,更に「じゃあね,それじゃ」へと変わったと考えられる。私は質問して来た二人のアメリカ人留学生に,逆にこんな質問をした。「あなた方の使う Good- morning, Good- afternoon, Good-evening, Good-night なども,朝から雨が降っていても Good というのは,理解出来ないね」と言うと,二人は顔を見合わせながら,「Exactly !(確かに)」と言って笑い出した。それから数年後のことだが,大学の講師室で毎週お会いするイギリス人の講師の方から、「Good-bye は,元々は「God be with ye (神があなたと共にありますように!)の短縮されたものだから,Good- morning, Good- afternoon などの Good も、God (神)だったのかもしれませんね」と教えられたことがある。日本語で言えば,「神と共に朝(昼、夜)を迎えましょう!」と考えれば,朝から雨が降っていても「Good- morning」で,ちっともおかしくないことになる。英語の語源までたどることは私にはとても出来ないが,Good–night(おやすみなさい)などは God be with you tonight(神様が今夜もあなたをお守りくださいように!)の短縮されたものなのかもしれない。ところで,ご存じの方も多いに違いないが,「芸能界」や、「接客業(サービス業)」などでは,「出勤した時の社員同士の挨拶」は,夕方や夜でも「お早うございます」が一般的である。これには,幾つかの説があるようだが,私の知る限りでは,歌舞伎も含めて,江戸時代は,芝居小屋が開くのは「昼間」であったが,準備のための裏方さんや,早めに来て稽古をする役者さん達に,「早くから,ご苦労さま」の意で「お早うございます(ね)」と言ったことから,それが広まったものだと記憶している。そういえば,モンゴルからの女子留学生に「訊かれた」というより,むしろ「教えられた」ことがある。“おはよう,こんにちは,こんばんは”の中で,どうして“おはよう”だけが「おはようございます」と言うのか?…である。そんなことまでは普段は全く意識せずに,同僚や後輩,身内に対しては「お早う」だけで,上司や先輩,他人に対しては,確かに「お早うございます」と丁寧に言っている。この学生の質問を受けたお蔭で気付いたことだが,「夕方や夜でも,“敬語”的に使える便利な挨拶として定着した」のかもしれない。これまでに,日本語を「母国語」ではなく「外国語」として学んでいる人々から,「日本語の不思議さ,難しさ」に気付かされたり,教えられたりしたことは,意外に多い。例えば,鉛筆などの「数え方」についてもそうである。どうして1本の時は「ぽん」,2本は「ほん」,3本は「ぼん」と言い換えるのか,全部「1ほん,2ほん,3ほん」では駄目なのか?…と訊かれたことがある。皆さんが,もし同じ質問を受けた時,戸惑わずに即答できるだろうか。言語学者なら「撥音便、促音便」などを持ち出して,日本人でも分かりにくいことから説明し始めるのかもしれないが,外国の人には,余計に分かりづらいはず。1本の鉛筆=one pencil,2本以上は全て「pencils」と,数えるモノの最後に「s」を付ければ済むという極めて合理的(?)な感覚の方々に,日本語は,間違いなく「難しい」はず。質問してくれた女子学生には「私の気が付く限りでは,主に“は行”の言葉(例えば,“本,泊,発,歩”などに多いですね」と答えながら,ボードに一泊(いっぱく),二泊(にはく),三泊(さんぱく)などと書いて答えたが,「そう覚えるしかないですね」という、極めて若者らしい反応であった。その後,古書店で,ある女性の言語学者が書かれた「数え方もひとしお」という良書を見つけ,何度か読み返したが,「モノの数え方だけで,1冊の本が書ける」ほど,「日本語」は奥深く,不思議な言葉なのですね。
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