コンテンツへスキップ

本物語

一覧へ戻る

第80号 2024.11.25

俳句の中の一字

菅原 薫

 「本物語」(第62号)に,江戸時代の有名な句,
  朝顔に つるべ取られて もらひ水   加賀の千代
について,高浜虚子は「隣家の人に、朝顔につるべを取られたので、と明することはできない」と指摘している,と書きました。私の解釈は,作句者は「これじゃもらい水をしてこなきゃならないよ」と苦笑しながら,傍に細い棒を立てて,蔓を巻きなおしてやった,でした。
 ところが,千代女が住んでいた現石川県白山市松任(まっとう)の聖興寺に,
  朝顔や 釣瓶とられて 貰ひ水
という茶掛けがあると,角川書店の創業者で俳人の角川源(げん)義(よし)が書いていることを知りました。(飯田龍太『俳句の魅力』)
 角川の故郷,現富山市は 「千代女の町に比較的近い」「若者たちが夏になると、若い女のゐる家にはことさらワルサをしたがる。井戸が裏庭にあることが多いので、夜中につるべをもぎとっておいたり、看板をはづしたり、相当なワルサをしたものだ。一種の若者たちの抒情の仕方だが、若い娘の困惑に興味があった。娘はいたし方なくもらひ水に出かけると、あたりいちめんに朝顔が咲いてゐた。」(角川『雉子の声』,上記『俳句の魅力』から孫引き)
  米洗ふ 前に蛍が 二つ三つ   作句者不詳
 高校生の時に教わったのですが,この句では,蛍は目の前の草木に留まって,じっとしています。「前に」を「前へ」に変えると,蛍が向こうから目の前に飛んでくるという意味になります。さらに「前を」と変えると,蛍が目の前を横ぎって飛んで行く情景と変わります。
 俳句では,一字の違いで句の情景が全く変わってしまうのです。
―1―
一覧へ戻る