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本物語

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第80号 2024.11.25

40年も続いた「歩く会」

白川 治子

 所属している会や,活動している事を数回に亘って書いてみたいと思います。
 長く続いているのが1985年10月1日に発足し,そろそろ40年になる「歩く会」。「月に1回ぐらい歩かない?登山ほど大げさでなく,軽いハイキングや,東京や横浜の名所を訪ねたいのよ」と近所の友人に声掛けしました。第1回目は隣の青葉区にある市が尾の横穴墓群や稲荷前古墳をじっくり見学し,この辺りにも古墳時代に豪族がいたことを学び,佐藤春夫が「田園の憂鬱」を書いた記念碑を眺め,「寺家ふるさと村」を訪ね炭焼きや茶釜作りの職人さんと話すなど,盛りだくさんの内容でした。
 「40年前の詳細をよく覚えているね」と思われるかもしれませんが,1回目から記録を残しています。最初の頃は手書きだったので,コピーをとりメンバーのポストに入れていました。故事来歴を詳しく書く人,手書きの地図を書く人,簡略にすませる人などいろいろ。見返してみると,それぞれ個性があり,手書きも良かったなあと思うのです。いつの間にかワープロで打つ人が多くなりましたが,コピーとポストインの手間はかかりました。月日が経ち全員がパソコンを打てるようになり,報告書も送信ですむようになりました。デジカメで撮った写真やバスや電車の絵文字を入れるなど「歩く会」の報告書に限っても,ITの変化が一目瞭然です。
 少し遠くまで行ったのは2020年3月が最後。渋谷のスクランブルスクエアの「SHIBUYA SKY」でガラス越しに360度の都心を見学。こんな風に,東京や横浜に新名所ができると,見学に行くのが常でした。同じ場所に行かないことが原則だったので,400か所ほど訪ねたことになります。
 最後の「SHIBUYA SKY」以後は,日本中がコロナで自粛状態になり,特に老人ほど危ないと言われ,しばらくは遠出を自粛し,近所の空気の良い公園でおにぎりを食べる程度。4年間の休眠状態が,「歩く会」から「食べる会」になったきっかけでした。メンバーのほとんどが,遠出に億劫になってしまったのです。コロナは私たちから,気力と体力を奪ってしまったようです。もちろん自然老化もあります。とはいえ,誰も解散しようとは言わず,月1回の会合を楽しみにしています。
 自慢話も聞いてください。1つ目は,全員が年に1回ほど当番をし報告書も作成すること。コースを考えて報告書を出すのがイヤだとごねる人もいましたが,会の楽しさが勝り当番がイヤという理由で辞めた人はいません。
 2つ目は,メンバーの家が歩いて行ける距離にあり,子どもの年齢がほぼ同じなので,受験期などはお互いにナーバスになることもありましたが,「大人の常識」を持ち合わせている人が多く,少々の嫌なことは我慢していたのだと思います。大げんかにもならず,分裂することもありませんでした。長く続いている会で分裂したり消滅した例をかなり知っています。意外にも男性が多い会です。ちなみに歩く会は女性のみ。
 3つ目の自慢は,子どもが長ずるにつれ国内の宿泊旅はもちろん,海外にまで足を延ばしたことです。初の海外は100回記念のシンガポール。海外旅行が初めての人も数人いて,今でも笑えるハプニングがたくさんあり,ときどきそれを思い出して笑っています。海外は近い所ばかりですが,シンガポール,北京,韓国本土,韓国済州島,オーストラリア,マレーシア,タイ,西安,ベトナム,台湾。私は3か国には参加できず残念に思っています。個人では行ってますが,共通の話の輪に入れないのです。
 4つ目の自慢は,内外の旅で部屋のツインの組み合わせをくじ引きで決めたのに,なんらトラブルが起きなかったこと。同部屋に泊まるとちょっとした生活習慣の違いから喧嘩になる例をたくさん聞いていますが,1度もありませんでした。
 残念なこともあります。3人が居なくなりました。最初に声掛けした発起人の1人が,病気で亡くなりました。彼女は「歩く会」を愛してやまなかったので,お棺には第1回歩く会の報告書をご主人が入れました。もう1人亡くなりました。彼女は大きな声で笑う人だったので,ときどきその笑い声が話題になります。もう1人は施設にご夫婦で入居。最初は施設を訪問出来たのですが,コロナ以降は面会禁止になり,情報が入りません。
 40歳前後で発足したので,今は半数が80歳を超えました。若い時からの知り合いなので,家庭事情もだいたい知っています。子供を亡くした人,ご主人を亡くした人,子どもが結婚しない,離婚して戻ってきた悩み(当の本人達には悩みではない)を抱えている人もいますが,深く詮索することはありません。
 昨今の話題のほとんどが,夫や自分の体調のこと。ランチ時には薬を取り出す人が何人もいて,男性の同窓会でよく聞く「薬自慢」が始まります。「歩く会」ならぬ「食べる会」「しゃべる会」がいつまで続くか誰にもわかりません。自然消滅が理想です。
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