本物語
第81号 2025.3.31
登山仕舞いは,さりげなく
原田 健作
私が登山をやろうと思った時,「もし本気で登山する積りなら付き合っても好いわ」と妻が言ったから,かなり唐突に夫婦登山が始まった。私は妻が山好きだとは思っていなかったし,妻も私の山行きを一時的な気まぐれ程度にしか見ていなかったからだ。二十数年前,二人とも軽い乗りで始めることになったが,しかしどちらも山に関しては,ズブの素人で,二人でやっと一人前の,見様見真似の登山であったことは間違いない。妻がいたから山に行く気が起きたし,妻も私が登ろうと言うからやっと山に足が向いた,そんな初心者の時に北岳とか白馬岳という超歯応えのある山に登ってしまったのだ。登山のついでに始めた紀行文作成が楽しいと感じ出したある日,ある出版社の「あなたの原稿を本にします」という新聞広告をたまたま見かけ,冷やかしのつもりで応募したら,瓢箪から駒となって本当に山歩きの紀行文を本にしていただいた。これで一層,二人の登山意欲が高まり,私にとって本の出版とか創作活動がとても身近になった。そういう時期を経て,次第に山の魅力に取りつかれてザックや登山靴を何度も更新する位,登山用具にも詳しくなり,登山に没頭した。元々二人とも登山の基礎体力が身についている訳ではないので,いつ登山しても歩き始めの一時間は辛く,だんだん足が慣れてくると足取りが軽くなって来ることを知り,健脚になって行った。頂上に到達したときの達成感,爽快感は格別で,雄大な景色が観察できた時は何もかも差し出してもよいくらいの感動を覚えることがある半面,曇っていたり,雨が降っていて,視界ゼロの日もある。それが登山であり,人生だということを学んでいった。眺望が利かず,がっかりして帰って来ても,すぐまた登りたくなる。悪天候で登山をあきらめた山は,不思議と次に登る山の筆頭候補となる。
登山は人生の縮図,頂上に辿り着くまで人生と同様の紆余曲折があり,辛いことも楽しいことも経験する。大自然の営みを普通,人間は遠くから観察するだけだが,登山するとそういう世界をさりげなく山は我々に垣間見せてくれる。造山活動の途中か,完成形か,知らないが,金峰山の頂上に巨大な五丈岩が乗っかっているし,鳳凰山・地蔵岳の山頂に岩の槍が刺さっているようなオベリスクと呼ばれる地形があり,北岳には,垂直に数百メートルも切れ落ちた北岳バットレスと呼ばれる断崖、絶壁がある。そういう自然の美しさを登山者は間近で見れる特典があるのだ。
我々の登山では,登山中は,頂上に向かって歩いているだけで,全くと言ってよいほど何も考えていない。多分,余計なことを考えている余裕がないのであろう。散歩している時のように妄想が次から次へと頭をもたげることもない。強いて考えるとすれば,今までにこの位歩いたから,あと何時間で,あるいは,あと何キロで頂上に着くと行程ばかりが気になるのだ。山では所要時間の大部分を視界の利かない樹林帯の中で難行苦行して歩き回った後,いきなり視界が広がって,見渡す限り,花,花,花ということがよくある。我々はチングルマやシナノキンバイを登山で初めて見て,こんな不思議で雄大な光景を全く期待していなかったのに忽然と出現した山の斜面一面の「お花畑」に度肝を抜かれ,こんな絶景を妻と二人だけで占有して好いのだろうかという気になったし,涙が出そうになる,この臨場感は何なのだろうかと思った。天気が悪く視界の利かない日であってもなぜか,登山を後悔することはなかった。不思
議な世界である。
長年,二人で登山して来たが,登山を始めて四~五年経った位の時が,一番精力的に登山に集中出来,体力的に無理も利いたようだった。忙しい会社員時代に生涯登山の大部分をやったのだ。会社をリタイヤーしてからは,親の介護や見取りの時期と重なり気軽に登山に行く訳にいかなくなった数年に,体力,気力があっという間に衰えた。親の介護,見取りが終わったので登山を再開しようと思ってもフットワークがとても悪くなったし,手足を動かすとすぐ疲れる。去年,ヤビツ峠から丹沢・塔が岳に向かったが,二人とも途中で挫折した。登山の入門編の行程も歩けなくなっていたのには愕然とした。長らく夫婦登山をしてきて「日本百名山を」一年に三座位登ったこ
ともあるのに,今となっては懐かしい思い出になった。今でも観光やハイキングなら,まだ一日歩き回っても体力と気力は続くようなので,徐々に登山からハイキングや観光にソフトランディングしていかざるを得ない。本当に歩けなくなる日がいつか来るはずだが,それが明日か,一年後か,五年後か,自分には分からない。その日が来るまで今,出来ることを可能な限りやるのみである。妻も私もほぼ同時に登山の体力がなくなったのは、偶然か,それとも仲がいいのか,どっちでも構わない。
「登山仕舞いは、さりげなく」,そう,自然にやらなくなれば,それで良い,と考えている。
登山は人生の縮図,頂上に辿り着くまで人生と同様の紆余曲折があり,辛いことも楽しいことも経験する。大自然の営みを普通,人間は遠くから観察するだけだが,登山するとそういう世界をさりげなく山は我々に垣間見せてくれる。造山活動の途中か,完成形か,知らないが,金峰山の頂上に巨大な五丈岩が乗っかっているし,鳳凰山・地蔵岳の山頂に岩の槍が刺さっているようなオベリスクと呼ばれる地形があり,北岳には,垂直に数百メートルも切れ落ちた北岳バットレスと呼ばれる断崖、絶壁がある。そういう自然の美しさを登山者は間近で見れる特典があるのだ。
我々の登山では,登山中は,頂上に向かって歩いているだけで,全くと言ってよいほど何も考えていない。多分,余計なことを考えている余裕がないのであろう。散歩している時のように妄想が次から次へと頭をもたげることもない。強いて考えるとすれば,今までにこの位歩いたから,あと何時間で,あるいは,あと何キロで頂上に着くと行程ばかりが気になるのだ。山では所要時間の大部分を視界の利かない樹林帯の中で難行苦行して歩き回った後,いきなり視界が広がって,見渡す限り,花,花,花ということがよくある。我々はチングルマやシナノキンバイを登山で初めて見て,こんな不思議で雄大な光景を全く期待していなかったのに忽然と出現した山の斜面一面の「お花畑」に度肝を抜かれ,こんな絶景を妻と二人だけで占有して好いのだろうかという気になったし,涙が出そうになる,この臨場感は何なのだろうかと思った。天気が悪く視界の利かない日であってもなぜか,登山を後悔することはなかった。不思
議な世界である。
長年,二人で登山して来たが,登山を始めて四~五年経った位の時が,一番精力的に登山に集中出来,体力的に無理も利いたようだった。忙しい会社員時代に生涯登山の大部分をやったのだ。会社をリタイヤーしてからは,親の介護や見取りの時期と重なり気軽に登山に行く訳にいかなくなった数年に,体力,気力があっという間に衰えた。親の介護,見取りが終わったので登山を再開しようと思ってもフットワークがとても悪くなったし,手足を動かすとすぐ疲れる。去年,ヤビツ峠から丹沢・塔が岳に向かったが,二人とも途中で挫折した。登山の入門編の行程も歩けなくなっていたのには愕然とした。長らく夫婦登山をしてきて「日本百名山を」一年に三座位登ったこ
ともあるのに,今となっては懐かしい思い出になった。今でも観光やハイキングなら,まだ一日歩き回っても体力と気力は続くようなので,徐々に登山からハイキングや観光にソフトランディングしていかざるを得ない。本当に歩けなくなる日がいつか来るはずだが,それが明日か,一年後か,五年後か,自分には分からない。その日が来るまで今,出来ることを可能な限りやるのみである。妻も私もほぼ同時に登山の体力がなくなったのは、偶然か,それとも仲がいいのか,どっちでも構わない。
「登山仕舞いは、さりげなく」,そう,自然にやらなくなれば,それで良い,と考えている。