本物語
第81号 2025.3.31
「日本語」って不思議な言葉ですね!(その24)
松井 洋治
本稿を書き始めた今日(2月22日)は「猫の日」とのこと。理由は「2月22日」の数字が猫の鳴き声「ニャン、ニャン、ニャン」と読めるかららしい。つまり「語呂合わせ」である。これを機に,「語呂合わせ」から生まれた「~の日」を,手元の資料で調べてみた。毎月22日は「夫婦の日(特に11月22日は「いい夫婦の日)」,23日は「フミ」から「文,手紙の日」,29日は「肉の日」,30日は「味噌の日」,3月3日は「耳の日」,8月4日は「箸の日」,8月7日は「鼻の日」,8月31日は「野菜の日」である。これらの「語呂合わせ」も,「数字の読み方」に色々あって楽しめる日本語のお蔭に違いない。「語呂合わせ」は,江戸時代からの「言葉遊び」で,例えば「猫に小判」から「下戸に御飯」などと言い換えて楽しんだようだ。ついでに,「語呂合わせ」ではないが,上記を調べる際に見つけたかなりユニークな「~の日」をご紹介しよう。
いきなり「正解」を見ずに,「頭の体操」のつもりで,少し考えて戴きたい。①毎月「8日」 ②毎月28日 ③「8月8日」 ④「11月23日」
さあ,如何ですか? 幾つ答えられましたか? 「正解」は,次の通りです。
①「二輪車,自転車の日」 (「8」の字を横にした時の形から)
②「28」を「ニワ」と読んで「鶏(にわとり)の日」
③「8・8」が「パパ」と読める上に「八・八」が「髯(ひげ)」に見えることから「ひげの日」(某「髭剃
りメーカー」が制定)
④「手袋の日」(寒くなって,外出には手袋が必要となる季節。祝日の勤労感謝の日に合わせた)
俳句(5・7・5),和歌(5・7・5・7・7),どどいつ(7・7・7・5)や「民謡の歌詞」なども含め
て,日本語の「言葉遊び」のリズムや,各種の行事【「雛祭り(三月三日),端午の節句(五月五日),七夕(七月七日),七五三】,だけでなく応援の時や,祝い事の最後に行われる「手拍子」の大半が,中国で「陽の数」とされる「奇数」であることも,きっと関係しているに違いない。
ところで,今年の「春分の日」つまり「彼岸の中日」は,3月20日である。俳句がお好きな方はご存じかと思われるが,正岡子規に「毎年よ彼岸の入に寒いのは」という句がある。この句には「母の詞(ことば)自ずから句になりて」という前書きがついている。母親の言葉が,そのまま「5・7・5」になっていたというのである。これと並べてご紹介するつもりもないし,実は俳句ではなく短歌(和歌)だが,毎年行われる宮中の「歌会始(うたかいはじめ)の儀」に,「見てご覧昼寝の孫が笑ってるきっといい夢きっといい夢」という歌を「詠進歌」として送り,また今年も「落選」してしまった男がいる。結婚以来,仕事の関係その他で数回は欠けたものの,57年間,ほぼ毎年送り続けているものの,一度も選ばれていない。それでも,オリンピックではないが「参加することに意義がある」とばかり,懲りずに,毎年それなりに考え,苦しみ「詠進応募」(締め切りは,毎年9月30日)するのだが,「出ると負け」の連続である言い訳にもならないが,今年の応募総数は「16,250首」とのこと。毎年,選ばれるのは「10首」だけであるから,今年の倍率は1,625倍という「超難関」である。恥を忍んで申し上げれば,その男こそ,私なのである。ただ,今回は,昨年の1月に,来年(つまり今年)の「御題」が「夢」と発表された瞬間に,子規の母親の言葉ではないが,今から20数年前に我が家に遊びに来た初孫が昼寝をしているのを見た途端に,家内を呼んだ際に発した自分の言葉そのものが,「5・7・5・7・7」になっていたことに気付き,そのままが,上記の歌となった次第である。来年の「御題」は「明」と発表されたが,まだ一首も浮かんでいない。俳句の「歳時記」には必ず紹介されている上記の正岡子規の「彼岸」の句で思い出した。「彼岸」という江戸小咄をご紹介しよう。八つぁんと熊さんの会話に,耳を傾けて戴きたい。
「この頃、ひがん、ひがんっていうが、ひがんたぁ、なんのこったろう?」
「ひがんか、それなら、今朝、棚の上で見たよ」
「へぇ、棚の上で? どんな形をしてた?」
「どんな形って、まあ、ひと口で言やぁ、ねずみだな」
「ねずみ? まさか」
「まちげぇねえよ、俺がぶち殺そうとしたら、うちの婆さんがそう言ったもの」
「婆さんが何と言った?」
「ひがんだから、よせって」 おあとが宜しいようで……。
いきなり「正解」を見ずに,「頭の体操」のつもりで,少し考えて戴きたい。①毎月「8日」 ②毎月28日 ③「8月8日」 ④「11月23日」
さあ,如何ですか? 幾つ答えられましたか? 「正解」は,次の通りです。
①「二輪車,自転車の日」 (「8」の字を横にした時の形から)
②「28」を「ニワ」と読んで「鶏(にわとり)の日」
③「8・8」が「パパ」と読める上に「八・八」が「髯(ひげ)」に見えることから「ひげの日」(某「髭剃
りメーカー」が制定)
④「手袋の日」(寒くなって,外出には手袋が必要となる季節。祝日の勤労感謝の日に合わせた)
俳句(5・7・5),和歌(5・7・5・7・7),どどいつ(7・7・7・5)や「民謡の歌詞」なども含め
て,日本語の「言葉遊び」のリズムや,各種の行事【「雛祭り(三月三日),端午の節句(五月五日),七夕(七月七日),七五三】,だけでなく応援の時や,祝い事の最後に行われる「手拍子」の大半が,中国で「陽の数」とされる「奇数」であることも,きっと関係しているに違いない。
ところで,今年の「春分の日」つまり「彼岸の中日」は,3月20日である。俳句がお好きな方はご存じかと思われるが,正岡子規に「毎年よ彼岸の入に寒いのは」という句がある。この句には「母の詞(ことば)自ずから句になりて」という前書きがついている。母親の言葉が,そのまま「5・7・5」になっていたというのである。これと並べてご紹介するつもりもないし,実は俳句ではなく短歌(和歌)だが,毎年行われる宮中の「歌会始(うたかいはじめ)の儀」に,「見てご覧昼寝の孫が笑ってるきっといい夢きっといい夢」という歌を「詠進歌」として送り,また今年も「落選」してしまった男がいる。結婚以来,仕事の関係その他で数回は欠けたものの,57年間,ほぼ毎年送り続けているものの,一度も選ばれていない。それでも,オリンピックではないが「参加することに意義がある」とばかり,懲りずに,毎年それなりに考え,苦しみ「詠進応募」(締め切りは,毎年9月30日)するのだが,「出ると負け」の連続である言い訳にもならないが,今年の応募総数は「16,250首」とのこと。毎年,選ばれるのは「10首」だけであるから,今年の倍率は1,625倍という「超難関」である。恥を忍んで申し上げれば,その男こそ,私なのである。ただ,今回は,昨年の1月に,来年(つまり今年)の「御題」が「夢」と発表された瞬間に,子規の母親の言葉ではないが,今から20数年前に我が家に遊びに来た初孫が昼寝をしているのを見た途端に,家内を呼んだ際に発した自分の言葉そのものが,「5・7・5・7・7」になっていたことに気付き,そのままが,上記の歌となった次第である。来年の「御題」は「明」と発表されたが,まだ一首も浮かんでいない。俳句の「歳時記」には必ず紹介されている上記の正岡子規の「彼岸」の句で思い出した。「彼岸」という江戸小咄をご紹介しよう。八つぁんと熊さんの会話に,耳を傾けて戴きたい。
「この頃、ひがん、ひがんっていうが、ひがんたぁ、なんのこったろう?」
「ひがんか、それなら、今朝、棚の上で見たよ」
「へぇ、棚の上で? どんな形をしてた?」
「どんな形って、まあ、ひと口で言やぁ、ねずみだな」
「ねずみ? まさか」
「まちげぇねえよ、俺がぶち殺そうとしたら、うちの婆さんがそう言ったもの」
「婆さんが何と言った?」
「ひがんだから、よせって」 おあとが宜しいようで……。