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本物語

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第81号 2025.3.31

私信「北山田だより」の継続

白川 治子

 前回は1985年10月が1回目の「歩く会」を書きましたが,今回は1988年4月が1号の「北山田だより」を読んでください。月1回が原則ですが,2025年1月は両方とも440回。年数の割に歩く会の回数が少ないのは,コロナや悪天候のためです。
 「北山田だより」は友人や両親あての手紙代わりだったので1号は10人弱に郵送。住まいからの発信ということで,素っ気ないタイトルになりました。「北山田町内会だより」と間違えられるとの心配もありましたが,その名の印刷物はありませんでした。
 発行の経緯を書いている1号の一部を抜き書きします。「……ワープロを買ってそろそろ1ヵ月になりますが、もともと必要があって買ったのではなく、ボケ防止にと思ったのですが、数人に葉書など書いてしまうともう用はないわけで、住所録など作りたいと思っても私が入っているサークルのはすでに出来ているし、グラフ作りに挑戦したいと張り切っても家庭にいる悲しさ、会議の資料など必要なわけもなく、ふと思いついたのがこの「北山田だより」です。1ヵ月に1度ぐらい出せれば上等ですが、どのぐらい続くか楽しみにしていてください……」。
 1988年3月,外出中にワープロの展示会があり足を止めました。小さな画面でしたが,円グラフや家計簿の管理などの実演を見て,まだ50歳前でしたが「使いこなせないと時代に取り残されるのではないか。とにかく買ってみよう」といわば衝動買い。知り合いに「1週間ぐらい練習すれば文は打てるようになる」と言われ,文字列を書いた紙で,自分のペースで練習。その内ブラインドタッチもできるようなり,今思うと50歳の若さだから出来たのかなと思います。反対にスマホを打つのは未だに苦手。パソコンとは字列が違うし字も小さいし。10歳若い人はむしろパソコンよりスマホが得意な人が多く,長文をLineで送ってきますが,返信に苦労しています。認知症予防になるかと片手でボチボチ打っています。そういえば,1号ではボケ防止という言葉を使っています。当時はボケという言葉が普通でした。
 1号は1頁でしたが,2号は5月の連休の韓国6日間の旅行記を書きまくり8頁になりました。もともとおしゃべりが好きなので,誰かとおしゃべりしている気分で打っているうちに,かくも長くなったのです。5月号の原稿が出来上がったのが12日だったので,それ以来12日が発行日。
 3号以降は切手代のことも考えて4頁が定着。10人程度なら切手代はどうでもいいのですが,「読みやすいし自分の視点で書いているからオモシロイ」と口コミで広がり,「豚もおだてりゃ木に登る」の豚になった私は,希望者全員に郵送。封筒代やコピー代など含めるとバカにならない値段になりました。そのうちパソコンとプリンターを購入し両面印刷ができるようになり,8頁が長いこと続きました。でもここ数年は読者も高齢化。文字を大きくし6頁に減らしました。
 440号ともなると頁数以外にもたくさんの変化がありました。最初のワープロは画面が小さすぎたので間もなく買い替え,キリがいいからと100号まではワープロ。101号以降はパソコンですが,文を作る機能は同じなので難なく移行でき写真を挿入する技術も覚え,旅行記などにはカラー写真を添えています。大きな変化は,パソコンメールで送れるようになったことです。郵送の時は記念切手を貼り住所も手書き。近所の読者には暑い夏でも歩いてポストイン。実はいまだに郵送者が10人ほどいます。送信ボタンを押すだけの作業に比べ,非常に手間がかかります。でも郵送している方ほど丁寧に読んでくれているようです。画面と紙で読むのとは,親密さや読みやすさが違うのではないかと想像しています。
 機種や送信の変化ばかりではありません。最初は手紙,私信だったので家族の本名で彼らの行動も書いていましたが,読者層が広がるにつれ,夫・娘・息子という表現になり,差し障るような本音は避けるようになりました。だからと言って,借りてきたような文章では読んでくれないので,「治子節」は守ってきました。
 「よくもネタが切れないわね」と言われますが,もともと浅く広くのタイプなので,引き出しだけは多いのです。毎月12日の発行を守ってきた継続力は,私がいちばん自慢できることではないかと思っています。ロングステイ先のタイのチェンマイから送信したこともあります。12日発行なので送信は11日夜ですが,アメリカ同時テロの9.11の時はショックで添付を忘れました。東日本災害3.11の夜は,停電にはなりませんでしたが,通信不能。夜中の12時直前に復活。428号までは休まず続けたのですが,去年の12月に原因不明の病気で2か月間休刊しました。でも3か月後に復刊し,今年は440号になりました。500号まで約5年。気力と体力が続きますように。
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