本物語
第81号 2025.3.31
京 都 嵐 山 電 鉄
伊藤 研二
昨秋,ドジャース対マーリンズ戦のテレビ中継を見ていましたが,大谷の49号ホームランは出ませんでした。そのままテレビを点けていたら電車にまつわる物語で「嵐電」が出てきました。親切で優しい嵐電の運転手に惹かれて結婚する女性の話でした。私も若い頃,嵐電の鳴滝に下宿していたことを思い出しました。私にはそんなロマンスはありませんでしたが……。
鳴滝音戸山の麓に下宿がありましたが,近くに映画俳優の市川雷蔵さんの家があり,それは総檜造りで,一億円という噂でした。雷蔵さんはベンツに乗っていたということでしたが見たことはありません。若くして亡くなりました。また,映画監督の内田吐夢さんの家も近くにあり,お姫様女優の千原しのぶさんのお住まいもありました。下宿のすぐ裏は京福電鉄の社長さんの家で二人の娘さんがいて「ミス同志社」と言われていたということです。時々回覧板を届けてくれたそうですが残念なことに会えませんでした。その他にも立石電機の社長さんに家もありました。別荘風の造りでした。どんな人だったのだろう,その社長さんにも会えませんでした。
下宿は離れのある二階建ての日本家屋でした。主はお満喜さん。二人の娘さんがおり,お姉さんのほうは離れで旦那さん(大野さん)と一緒に暮らし,妹さんは尾道に嫁いでおり時々泊りに来ます。大野さんは女性用の既製服の販売が仕事でした。時々,会場を借りて女性服を売ります。下宿人(男子学生4人)の私達も飾り付けを手伝ったことがあります。ウクレレとギターを弾くミュージシャンで大学時代は軽音楽部で活動していたそうです。ウクレレを弾きながらハワイアンを歌う。子供の頃から俳優の高島忠夫と友達で,「一度連れて来る」と言ってましたが実現しませんでした。下宿人はいずれも麻雀好きで,大野さん夫婦とその友達を入れて,離れで時々麻雀をしました。
ある時,お満喜さんがこんなことを教えてくれました。「伊藤さん,御室はん,知ってはるか?」黙っていると,「背の低い人のことや。いま御室行かはったら桜が綺麗やし行っておみやす」。仁和寺には背の低い遅咲きの八重桜が植わっています。 お満喜さんは太っていて背が低い人でした。
嵐電の御室仁和寺駅と鳴滝駅の間に宇多野駅があります。駅の近くの福王子という所に友達が下宿していました。そこの下宿のおばさんが南座に勤めていて,劇場に入れて貰ったことがあります。友達の下宿の目の前に国際興業の小佐野氏の別荘がありました。彼の一言「全く記憶にございません」は流行語になりました。彼は「1ピーナツが100万円。ロッキード,トライスター」などで世間を騒がせました。関連で「蜂の一刺し」の一語も有名となりました。
御室仁和寺の次の駅は妙心寺です。駅から徒歩15分ぐらいの所にある妙心寺は禅宗の大寺院ですが,世界遺産ではありません。京都には17の世界遺産があるのですが,他にも世界遺産に選ばれてもよいようなお寺,神社が多々あります。お寺では,南禅寺,大徳寺,知恩院など。神社では伏見稲荷,八坂神社,北野神社があります。他にもまだまだあるでしょうが,どのような基準で選ばれたのでしょうか。
次は龍安寺駅です。駅で降りて北に15分ほど歩くと世界遺産の龍安寺に着きます。入場料を収めて門をくぐると大きな池があります。野池風です。その奥に有名な石庭があります。どこに座ったら庭の石がすべて見えるか試して下さい。入場料がとられますが,その入場料と言えば国が税金を掛けようとして失敗したことがありましたね。「税金を掛けるなんて」と,寺が拝観拒否をして観光客から苦情が出たのです。入場して石庭で瞑想に耽ったら湯豆腐を召し上がるのがお薦めです。安くて美味しいです。
次は等持院駅。地図にはありますが無人駅で,誰も利用しないのではと思われる駅です。そこから等持院まで歩いて20分ほど。足利氏の菩提寺ですが,小説家の水上勉氏が修行した寺として有名です。水上氏の『雁の寺』『五番町夕霧楼』『越前竹割人形』などの小説を私も読んだことがあります。
終点は北野白梅町駅。駅を出て西大路通りを北に行くと金閣寺があり,今出川通りを東に行くと北野神社があります。駅の北側に小さな病院があり,友達が入院したことがありました。連絡を受けて付き添っていたら,駆けつけて見えた友達のお母さんは京都が初めてのようで,何処か一ヶ所だけ案内して欲しいと言われたので金閣寺に案内しました。当時はまだ市電が走っており,二駅ほど乗りました。後日,お母さんが亡くなられて葬儀に行った時,友達の家は神道だと分かりました。ふと,あの時北の神社を案内したほうが良かったかなと思ったものでした。
嵐電がこんなに人気になるとは思いませんでした。私は緑と黄色の電車が好きになりました。
鳴滝音戸山の麓に下宿がありましたが,近くに映画俳優の市川雷蔵さんの家があり,それは総檜造りで,一億円という噂でした。雷蔵さんはベンツに乗っていたということでしたが見たことはありません。若くして亡くなりました。また,映画監督の内田吐夢さんの家も近くにあり,お姫様女優の千原しのぶさんのお住まいもありました。下宿のすぐ裏は京福電鉄の社長さんの家で二人の娘さんがいて「ミス同志社」と言われていたということです。時々回覧板を届けてくれたそうですが残念なことに会えませんでした。その他にも立石電機の社長さんに家もありました。別荘風の造りでした。どんな人だったのだろう,その社長さんにも会えませんでした。
下宿は離れのある二階建ての日本家屋でした。主はお満喜さん。二人の娘さんがおり,お姉さんのほうは離れで旦那さん(大野さん)と一緒に暮らし,妹さんは尾道に嫁いでおり時々泊りに来ます。大野さんは女性用の既製服の販売が仕事でした。時々,会場を借りて女性服を売ります。下宿人(男子学生4人)の私達も飾り付けを手伝ったことがあります。ウクレレとギターを弾くミュージシャンで大学時代は軽音楽部で活動していたそうです。ウクレレを弾きながらハワイアンを歌う。子供の頃から俳優の高島忠夫と友達で,「一度連れて来る」と言ってましたが実現しませんでした。下宿人はいずれも麻雀好きで,大野さん夫婦とその友達を入れて,離れで時々麻雀をしました。
ある時,お満喜さんがこんなことを教えてくれました。「伊藤さん,御室はん,知ってはるか?」黙っていると,「背の低い人のことや。いま御室行かはったら桜が綺麗やし行っておみやす」。仁和寺には背の低い遅咲きの八重桜が植わっています。 お満喜さんは太っていて背が低い人でした。
嵐電の御室仁和寺駅と鳴滝駅の間に宇多野駅があります。駅の近くの福王子という所に友達が下宿していました。そこの下宿のおばさんが南座に勤めていて,劇場に入れて貰ったことがあります。友達の下宿の目の前に国際興業の小佐野氏の別荘がありました。彼の一言「全く記憶にございません」は流行語になりました。彼は「1ピーナツが100万円。ロッキード,トライスター」などで世間を騒がせました。関連で「蜂の一刺し」の一語も有名となりました。
御室仁和寺の次の駅は妙心寺です。駅から徒歩15分ぐらいの所にある妙心寺は禅宗の大寺院ですが,世界遺産ではありません。京都には17の世界遺産があるのですが,他にも世界遺産に選ばれてもよいようなお寺,神社が多々あります。お寺では,南禅寺,大徳寺,知恩院など。神社では伏見稲荷,八坂神社,北野神社があります。他にもまだまだあるでしょうが,どのような基準で選ばれたのでしょうか。
次は龍安寺駅です。駅で降りて北に15分ほど歩くと世界遺産の龍安寺に着きます。入場料を収めて門をくぐると大きな池があります。野池風です。その奥に有名な石庭があります。どこに座ったら庭の石がすべて見えるか試して下さい。入場料がとられますが,その入場料と言えば国が税金を掛けようとして失敗したことがありましたね。「税金を掛けるなんて」と,寺が拝観拒否をして観光客から苦情が出たのです。入場して石庭で瞑想に耽ったら湯豆腐を召し上がるのがお薦めです。安くて美味しいです。
次は等持院駅。地図にはありますが無人駅で,誰も利用しないのではと思われる駅です。そこから等持院まで歩いて20分ほど。足利氏の菩提寺ですが,小説家の水上勉氏が修行した寺として有名です。水上氏の『雁の寺』『五番町夕霧楼』『越前竹割人形』などの小説を私も読んだことがあります。
終点は北野白梅町駅。駅を出て西大路通りを北に行くと金閣寺があり,今出川通りを東に行くと北野神社があります。駅の北側に小さな病院があり,友達が入院したことがありました。連絡を受けて付き添っていたら,駆けつけて見えた友達のお母さんは京都が初めてのようで,何処か一ヶ所だけ案内して欲しいと言われたので金閣寺に案内しました。当時はまだ市電が走っており,二駅ほど乗りました。後日,お母さんが亡くなられて葬儀に行った時,友達の家は神道だと分かりました。ふと,あの時北の神社を案内したほうが良かったかなと思ったものでした。
嵐電がこんなに人気になるとは思いませんでした。私は緑と黄色の電車が好きになりました。