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本物語

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第81号 2025.3.31

我が心の東大阪そして司馬遼太郎記念館

阪本 衛

 1967年に布施市,河内市,枚岡市の三市が合併して東大阪市が誕生しました。私はその中の布施市で生まれ育った根っからの関西人であります。20代から40代まで,関西を離れ高松・広島・東京・神奈川・名古屋・大阪と,転勤族の銀行員でありましたが,その関西気質は常に消えることありませんでした。その私を育ててくれた東大阪地域は,関西の中でも特に変化発展が大きく,発展途上の中にありますが,現在は人口50万人の中核都市で,大阪市・堺市に次ぐ大阪府第3位の大都市となりました。 
 また,町工場が密集するモノづくりで有名な町,高い技術力をもった中小企業の町となっています。それはこの地域の歴史に裏付けられた強い地域性があるからでもあります。歴史を遡のぼれば,縄文・古墳時代のこの市域の大部分は湿地でしたが,山麓を中心に100人以上の,当時としては大きな集落があり,山麓からは石器が多く発見されています。五条古墳・二本松古墳等の古墳も造られています。江戸時代には豪商・中甚兵衛により新田開発が行われ,全国でも知られる河内木綿の産地ともなりました。そして明治から大正にかけては鉄道網が整備され,農村から都会へと変貌を遂げました。更に,ごく最近では前述の町工場の一社長である青木豊彦氏が開発発起人であるロケット「まいど一号」が種子島宇宙センターからの打ち上げに成功し,「東大阪から宇宙へ」の合言葉が市民の中に生まれて広く人口に膾炙されるようになり,東大阪の広告塔として市の発展に大いなる貢献をしました(余談ながら,私は青木氏とは銀行勤務時代より懇意にしております。)
 布施駅から南へ徒歩5分の所に「布施戎神社」(1954年西宮戎から分祀)があり,毎年一月には新年の行事として商売繁盛「布施のえべっさん」で多くの人で賑わっております。私も子供の頃,兄(1935年生まれで私より7才上)に連れられて参拝するのが楽しみの一つでした。その兄とは,よく遊びました。時には喧嘩をして悔し涙を流したこともありましたが,今でも日常生活の中で,兄との出来事を懐かしく思い出しております。楽しい家庭の温もりを感じる思い出です。
 その兄はあの有名な作家・司馬遼太郎に深い憧憬の念を持っており,自宅を同じ東大阪市内にある司馬遼太郎記念館から徒歩10分ほどの所に移し,誇らしげに私をその記念館に誘ってくれたことがありました。兄の住まいから閑静な住宅街を抜けると
千坪ほどの敷地に司馬遼太郎記念館が,木漏れ陽を浴びた木や花々の織りなす彩り豊かな庭の中に佇んでいました。そしてそこは言葉に表せない空間であり,司馬遼太郎の作品が存在して迫力せまる館でありました。その後も,私が帰省の折には兄とともに何度も記念館に出向きました。大阪を離れて単身赴任をしていたときにも,実家に帰省すると司馬遼太郎記念館を訪れましたが,そうしているうちにそこは次なる私の人生へのために,自分を見つめる時と勇気をくれる場となりました。それは何故なのかと,この館の空間の不思議さを感じるようにもなり,その設計者に興味も湧き起こりました。それは建築家・安藤忠雄氏であることがわかり,私は安藤氏のファンであり,心を震わせ激しい感情の高ぶりを感じたことを今も忘れることができません。
 安藤忠雄氏が自身の季刊誌『遼』で語っています,「大阪で生まれ,大阪を中心に建築の仕事をし,大阪は一番と更に志をしっかりと持って,全力をかけて生き抜かなければならない,学歴がない私を大阪は迎えてくれ,育ててくれた。独りで学ぶ私に色々と教えてくれたのが,司馬遼太郎氏の本でした」と。私も『竜馬がゆく』『翔ぶが如く』等々を読み,明治の時代をつくった多くの人々,激動の時代を描かれた司馬遼太郎氏の考えに感銘を受けて今の自分があるといった一面もあります。また私は産経新聞の1986年5月から1996年2月までの毎月第一日曜日,朝刊一面に掲載された司馬遼太郎「風塵抄」が楽しみででしたが,「日本の明日をつくるために」が最後となりました。司馬さんは病中,死去される直前まで書き下ろされたのでした。彼の最後のメッセージ,「風塵抄」は私の宝の本となっています。
 もう一つ。司馬さんはある小学6年生の教科書に「二十一世紀に生きる君たちへ」と題して執筆されておりますが,文章を書き終え「長編小説を書くほどのエネルギーがいりました」と話されております。その熱意に私は,何度読んでも変わることなく自分を見つめる〝心の本〟との思いが強くなりました。
 私はガンとの戦いが16年になりました。「あと一歩,もう一歩」と日々よく生き,よき死を迎えたいの思いで83歳になりました。今回,私事の懐かしさや思い出を投稿させてもらいしましたが,最後にもう一言,自分自身に向き合う〝散歩道の先〟にある〝館〟,司馬遼太郎氏の書籍との出会いに感謝です。先生ありがとうございました。
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