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本物語

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第82号 2025.8.31

「日本語」って不思議な言葉ですね!(その25)

松井 洋治

 科学的な根拠は余り承知していないが,例年に比べてここ数年は「梅雨入り」が遅くなり,「梅雨明け」は早くなっているそうだ。6月中・下旬の雨は,梅の実の熟す頃の雨だから「梅雨」と書くらしいが,いずれにしても「雨の季節」である。「本降りになって出て行く雨宿り」という古川柳を思い出される方も多いことだろう。また,「碁敵(ごがたき)は憎さも憎し懐かしし」というが,かぶり笠の雨のしずくが,碁盤の上にポタポタと落ちる「笠碁」という落語も,雨を上手く取り込んだ好きな咄だ。ところで,私が雨の降るたび,傘を差すたびに思い出し,心掛けている言葉に「傘かしげ」というのがある。「かしげ」とは「首をかしげる」などという時の「かしげ(傾げ)」である。いうまでもなく,雨の日にすれ違う人の傘と自分の傘とがぶつからないように(出来ればお互いに)自分の傘を少し傾けることだ。しかし,こんな当たり前のことが出来ない人が増えた。オフィスの廊下などで,すれ違う際に,少し身を引いて相手を通りやすくしているのが,近頃は上司であり,学校の廊下でも,身を引くのは学生ではなく教師だという例が多いらしい。
 この何となくしゃれた言葉「傘かしげ」を,先般,たまたま手許の「広辞苑」並びに「大辞林」で調べてみた(最新版に出ているのかどうかまでは確認していない)が,いずれにも出ていないことに驚いた。しかし「江戸しぐさ」といって,昔から,お互いに気持ち良く生活する上での「常識的なマナー」の代表的な例として,この「傘かしげ」を,10数年間務めさせて戴いた女子大・非常勤講師として「ホスピタリティ産業論」の授業で,あるいは,各種サービス産業界での社員研修の際にも,何度となく使わせて戴いた。
 ところで,私ごとで恐縮ながら,実は,今から11年前(2014年)6月に「NHKラジオ文芸選評・俳句」(兼題=「日傘」。選者=西村和子先生)に応募した「どちらから ともなく傾ぐ 日傘かな」という私の句が「入選」し,全国に放送され,後日,NHKから,「図書カード」を送って貰ったことがある。
 最近になって,あのまま,俳句を楽しんでいれば……と思わなくもないが,TV中心の時代になり,選者も若い方が多くなり,「5・7・5」に必ずしもこだわらず「破調」や「合計で17文字になっていれば」という風潮について行けなくなり,応募をやめてしまった。また,学生時代のゼミ仲間7人で20年近く毎月続けて来た「句会を兼ねた昼食会」も,高齢化に伴い2人の友人が故人となり,更に「会の運営方法の見直し」とて,「俳句だけでなく、川柳、どどいつ、和歌、狂歌など何でもありの会」への変更提案が出るに至り,2年前に,体調不良を理由に退会した。
 尤も,自信をもって出した3句の内,2句までが「気になる類似句あり」という嫌疑をかけられ,ネットで調べたという「類似句」を見せつけられたことも,「退会決意」の大きな理由である。「僅か17文字だから,類似句があるのは当たり前」と慰めてくれた俳句の大先輩からも「そんな類似句をネットで探し出して,盗作では?などと批判するような奴がいる会,俺だったら即退会だね」というアドバイスの影響も大きいが,「そんなことを,しかねない奴」と思われたことが悔しく,情けなく,数年我慢したが,やはり辞めてしまった次第である。
 「江戸しぐさ」に話を戻そう。「傘かしげ」だけでなく,思いつくだけでも幾つか浮かんで来るが,この際だから,私の「好きな順」に,2~3語並べてみたい。「傘かしげ」のトップは変わらないが, 実際に体験したこともないのに,「自分には出来ないな」と思う言葉に「うかつ謝(あやま)り」がある。これは,人混みの中(最近では「電車やバスの中」)で,足を踏まれた場合,「足を踏んだ方が謝る」のは当たり前だが,これは,足を踏まれた方が,「私の方こそ,うっかりしておりまして…」と謝るというのである。なかなか出来ることではない。誰もが,こんな気持ちを持てば、モメゴトも,戦争も起きない気がする。つまり,「どんな時も,自分より,まずは,相手のことを考えながら生きるべし」というのである。また,「見て見ぬふりをする」というのも,なかなか出来ることではない。つい誰かに喋りたくなるのが普通で,それをぐっと我慢して,誰にも吹聴しないままにする。これも,誰にでも出来ることではない。外国語の知識が皆無に近いので,日本語の「奥深さ」を,外国語にも同じような表現があるのかもしれない……と思いつつも,ついつい「日本語って,すごい言葉だな」ばかりを,毎回書き連ねているが,今回の「江戸しぐさ」は,言葉としてよりも,その内容に,心打たれている次第である。 いつまでも,その中身とともに残っていて欲しい美しい言葉を,これからも探し続けたい。
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