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本物語

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第82号 2025.8.31

大災害が私にもたらしたもの

大谷 慶一

 一日。一ヶ月。一年が,アッと言う間に過ぎ去って行きます。その感覚は日毎に速くなっていく気がします。東日本大震災から14年3ヵ月。震災を知らない世代が多くなりました。私は,震災の語り部としての12年間の活動を通して,それらの世代,彼らに度々感じることがあります。「想像力」が不足していると思うのです。ご本人達は,どうやら,自分は沢山の知識が有ると思っているようなのです。でも!です。彼らはいつもスマホを片手に,いつも検索をしているのです。災害から命を守る為に必要なのは瞬時の判断力です。本能的な反射行動です。その時に必要なのが「想像力」なのです。スマホ依存からは,想像力は生まれません。 また,「想像力」と共に,「自然の観察力」も大事だと思います。身の廻りに有る雑草を良く観てください。冬と春では茎の伸び方,葉の広がり方が違います。小さな花には虫が付いて蜜を吸っています。人の影を感じると,サッと逃げます。小さな虫でさえ,危険を察するのです。自然災害への備えとしても「観察力」を養うことが大事なのです。
 災害は間断なく発生しています。災害は,私達の周辺に“常に”有ります。命に関わる災害も!です。 災害が起こる度に,災害からの教訓を云々されます。間違い無く,災害から学ぶべきことは沢山有ります。阪神淡路震災時,ガレキの中から多くの命を救ったのは,家族と近隣の人達でした。消防でも警察でも自衛隊でもなかったのです。自助,共助が,特にご近所さんとの係わり方の重要性が認識されるようになりました。 原発事故の教訓はどうでしょうか? 事故直後は,原発からの脱却が,大きな声で叫ばれましたが,いつの間にか主力エネルギーの座に返り咲いていたり,40年稼働が使用限界のはずが,60年プラスαになっています。 事故の反省はありましたか? 再稼働原発の重大事故時,避難計画は万全ですか? 不安が残りますね。
 〈閑話休題〉 血圧が上がりそうなので,話題を変えて,新たな街について少々。今,私たちの地区は,建設ラッシュです。340世帯有った街は、一時数十件にまで減り,現在250軒まで増えました。街の形はできましたが,7割は新住人です。阪神淡路震災の「共助」の」教訓からも,住民間の絆の構築が重要課題になります。しかしこれは一番難しい問題でもあります。 避難訓練は震災後毎年実施しています。大学防災ゼミの支援で,ドローンによる避難動線や個人宅の避難確認なども実施していますが,住民の自主性には疑問があると思います。街には保育園,小学校,中学校の一貫校があるので,学校との連携も必要だと思いますが,まだ出来ていません。
 生まれ変った街。山を切り崩し,高台の宅地が出来,その土石で防災緑地(防潮堤と合わせて,津波の備えは二重の堤防になる)を作り,浸水域の土地の嵩上げに利用され,古い地面の上に新たな地面が作られました。私は真先に,その土地に自宅を再建しました。住み始めてから気付きました。風で砂埃が舞い,畳の上を歩くとジャリジャリと音がします。生け垣は,潮風で枯れてしまいます。が,時が経ち,その荒れた地肌に,最初は背丈の低い草が生え,今や背高泡立草と芒の生存競争が始まりました。 震災当時の夏が終わる頃,何か異変を感じました。虫。虫がいない。あの,うるさい虫の鳴声が全く聞こえないのです。その自然も回復しつつあります。うれしい出来事があります。我家の庭に小千鳥が巣を作り,草むらには背黒セキレイや雲雀が巣を作り,今日の昼ごろは,キジのツガイが子どもを引き連れて歩いていました。キジの雄とは友情さえ芽生えて,その安全距離は3m位まで接近しています。海に目を転じると,地盤沈下で水没して無くなった磯が,元に戻っています。砂浜には“浜ぼうふう”が自生しています。震災前には無かった植物です。津波で種が運ばれてきたようです。和食で使う高級食材です。自生しているのを知っているのは,私だけのささやかな秘密です。浜昼顔も今が盛りです。自然の回復力に驚きながら,散歩をしつつ,いっぱい元気を貰っています。
 話は再び飛びますが,一昨年の10月,心筋梗塞で道端で倒れました。意識は,はっきりしていて,様々な事が頭を過(よぎ)るのですが,死の恐怖はまったくありませんでした。息苦しいので腹式呼吸をしつつ,安静を保っていたのが良かったのだと思います。この時も,14年前の“瞬時の判断”と同様なことが起きました。今,私の語り部としての講話の中で「二度目の生還」という話のネタになっています。
 大地震,そして大津波の東日本大震災。あの禍々(まがまが)しい体験は,その後の私の半生に大きな希望と生き甲斐をもたらしてくれました。そして,もう一つ,それまで全く接点のなかった沢山の人との繋がり,邂逅とも言える出会いがありました。
 砂浜に突然出現した“浜ぼうふう”も然り。大災害が“私にもたらしたもの”。大きな“何か”, 確かに受け取りました。
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