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本物語

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第82号 2025.8.31

さよならカルタ

伊藤 卓雄

 若い頃,徳島県庁に奉職したことがあるが,その時期に県内各地を巡り歩いた折に感じたことを取りまとめて,「阿波の風物」(後に「阿波カルタ」と改称)と題して,県内の隠れた観光地を紹介したのがきっかけで,その後,さまざまの課題を見つけては,「○○カルタ」と称する作品を作るようになった。(話題性のあるものの例:秘書心得,行革,騒音防止,エイズ防止,震災,人生,世相,食い物)
 ここで言うカルタは百人一首のようなものではなく,むしろ「犬棒かるた」の読み札だけのようなものに過ぎない。俳句作りの過程で思いついた言葉の端切れを集め,また古人の名作の一部を借用するなどしての,言葉遊びの延長としての作業の結果にとどまっている。(連想の手掛りぐらいにはなるはずだが。)
 数年前大動脈解離という大病を患い,人生の終末期にあることを自覚し,また生きた証(あかし)としての一作を考えた時,表題のようなカルタを思いついた。
 お粗末な作品であるが,このたび「本物語」への寄稿の機会を得たことを好機として,披露させていただくことにした。(本稿では,各句の解説は割愛するが,各句の末尾の括弧に,出典等又は詠者を示した。それらが無いものは,筆者自作である。)
 ご笑読いただければ幸いです。では,どうぞ。

    さよならカルタ
(い)いろいろお世話になりました    (ろ)ロンであがり
(は)花の下には風吹くばかり(坂口安吾)  (に)人間、所詮は皮風船
(ほ)盆の月菩提樹池を巡りきぬ     (ほ)ホケキョウの声有り難き寺の庭
(へ)紅(べに)落ち葉運命(さだめ)と言はむやさりながら (と)時は来ぬ いざ整えん旅衣
(ち)散りに散る桜吹雪の夢幻なる    (り)臨終の南無阿弥陀仏いざさらば
(ぬ)幣(ぬさ)も取りあえぬまま冬の旅     
(る)ルリの園珊瑚の宮に憧れつ(琵琶湖周航の歌)
(お)俺ならば追悼無用青嵐       (わ)病葉のはらりと落ちて 風立ちぬ
(か)限りある命いただき有り難き    (よ)世は定めなきこそいみじと兼好師  
(た)旅に病んで夢は枯野をかけ廻る(芭蕉)
(れ)連理てふ枝を離るる枯れ葉かな   (そ)その果てに浄土あるらむ寒茜(あかね)
(つ)ついの道とは思わざる昨日今日(在原業平)
(ね)眠るなら仏の御手に抱かれて(琵琶湖周航の歌)    
(な)なきがらや秋風かよふ鼻の穴(飯田蛇笏)
(ら)楽だろな シャボン玉の様に消えゆけば
(む)むこうは とても綺麗だよ(エジソン) 
(う)浮き世の月見過ごしにけり末二年(井原西鶴辞世)
(ゐ)凍(いて)雲(ぐも)やいずれ仮寝の旅枕      (の)法(のり)の道南無阿弥陀仏ただ六字
(お)落ち葉焚き 元素に帰る 別れかな  (く)悔い多きままの浮き世や名残惜し
(や)山よ さよなら ご機嫌よろしゅう(雪山賛歌)
(ま)万言の追悼空へ若葉寒       (け)下天は夢か(織田信長「幸若舞」)
(ふ)蕗の蔓芽ぐむ武蔵野遍路道   
(こ)この旅は自然へ帰る旅である(高見順「帰る旅」)
(え)易水に葱(ねぶか)流るる寒さかな(蕪村)   (て)天高く吾子が手を振る出船かな   (あ)アディオス グラシァス(ドン・キホーテ)
(さ)さよならだけが人生だ(干武陵「勧酒」 井伏鱒二訳)      
(き)今日でお別れね もう逢えない(なかにし礼作詞・菅原洋一唄)
(ゆ)行き行きて 果てなん 秋の古戦場   (め)メメント・モリとや 「死を思え」
(み)水洟や鼻の先だけ暮れ残る(芥川龍之介辞世)
(し)白梅に明くる夜ばかりとなりにけり(蕪村辞世)
(ゑ)穢土捨ててただ念仏の遍路かな   (ひ)人は死んだら宇宙塵(飯沢匡)
(も)もう良かー コレデオシマイ(勝海舟)    
(せ)セラビ これが人生だ(ジスカール・ディスタン仏大統領と宮沢首相会談)
(す)すみません 一足お先に参ります  (ん)んとこさっと腰を上げ では     
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