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本物語

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第83号 2025.11.30

捨てられたアルバム

早坂 慶洋

 散歩中,廃品回収屋が公園の脇で車を停めて休憩していたのに出会った。軽トラックの荷台にLPレコードが山と積んであるのを見つけた。2,3枚を1,000円で譲ってくれないかと言ったら全部で2,000円にするからどうだと言う。いま散歩中で重くて持ち帰れないと言うとそれなら家まで送ってやると言う。買うことにして家まで送ってもらった。中にはハンス・ホッターが1969年4月東京文化会館で歌ったシューベルトの「冬の旅」の実況録音盤など貴重なものもかなり入っていた。
 それから随分と月日は経っていたがこの掘り出し物をあてた感動がまださめやらぬある早朝,ゴミ集積所にLPレコードを何十枚もまとめたような大きさの四角い包みのゴミが置いてあるのを発見した。 一寸押してみたらかなり重量感のあるものだった。ひょっとしてまたLPレコードかなと閃くものがあった。これがLPレコードだったら拾わぬ手はないと思い,家に持ち帰った。家の庭先で梱包の包みを開けてみて驚いた。
 中から出てきたものは,7,8冊のアルバム。始めに一番上の1冊目の中をのぞいてみると,新婚旅行の写真がズラリ,中に20~30通の祝電がバラで挟んであった。写真の背景はどれも中南米のどこかの国らしく,現地人のグループや入り口に日本の会社の現地事務所らしい横文字の標識のある建物が写っていた。現地駐在の人がいったん帰国して国内で挙式をしたようであった。お子さんが生まれ,幼稚園に入り,だんだん成長していき,大きくなるまでの写真が大量に入っていた。夫婦の写真も無数にあり,幸せな家族の永い歳月が偲ばれた。しかし最後の方で中高年となった主人と思われる人の風貌に思い当たるものがあった。
 いつも朝,会社に出勤するとき駅へ向かう道筋に信号機のある交差点があった。そこで信号待ちをしているとき,同じ時間帯でかなり頻繁に出会う60歳代の年配の人がいた。額が上がり背丈が高くすらりとした,いかにも温厚そうで知的な感じのロマンスグレーの紳士で,どこか有名私立大学の文学部あたりの教授という感じだが,カバンなどは持たず手ぶら,濃いグレーのスーツを着こなし,黒縁の眼鏡をかけてスッと立っていた。そういえば最近見かけないなと思いながら,見てゆくと殆どその人に間違いはなさそうな写真が出てきた。
 どのような思いを経て,新婚旅行,祝電の束,奥さんとの数々の写真,かわいらしい子供さんたちの成長の記録などを一枚残さず,ゴミとして捨てることができたのだろうか。自分はと言えばアルバムは30冊位になっている。家族の写真を大量にゴミとして捨てるなど思いも寄らぬことであった。丁寧に包み直してもとあった場所に戻したが,見てはいけない他人の人生を覗いてしまった後ろめたさが残った。
 その後しばらくして,隣の町内ではあるが同じゴミ集積所を利用している近くの家が空き家となり,業者が来て,解体を始め,大小の庭木を処理し,土地の地ならしを行った。そして,売り地となってまもなく買い手がつき,新しい瀟洒な家が建った。その場所はわが家から直線距離にして50mたらずのところにあった。
 これから向かうところにアルバムは持ち込めない何か複雑な事情でもあったのだろうか,それなら子供さんに引き継いでもらっても良かったのではないか,など当時は哀惜の念を禁じえなかった。しかし,最近になって近所に住んでいたかも知れなかったあの老紳士のことを時々考えてみると,案外,余程の勇気ある決断のもと,過去の一切を断ち切り,異次元の世界へ旅立ったのではなかったかと思うようになった。
 インドでは男子たるものの理想の老境期の過ごし方は家族と別れ,一切を捨てて放浪のうちに死を迎えることだという。あれ以来見かけなくなったあの老紳士は今ごろどんな生き方をしているのだろうか。最近,昔の香港時代の部下の一人からハガキをもらった。シニア海外ボランティアーとして,中央アジアのキルギス共和国に行くことになったという。あの老紳士も案外海外に活躍の場を求めて旅立ったのだろうか。幸多かれと思う。
 遠くから聞こえてくるピアフの「水に流して」が節分を過ぎたばかりのまぶしい春の青空に吸い込まれて行く。
 遠い過去の全てを忘れるだけ/想い出に火をつけて/みな燃やしてしまったあと/なにもかも全て忘れて/始めから出直すのよ… (薩摩忠訳)
 後期高齢者となってから少しずつ断捨離をやってみたが,まだまだ中途半端。ピアフの歌のように「想い出に火をつけてみんな燃やす」。この老紳士がやってのけたことぐらい平気でやらないといけない(?),これが断捨離の極意らしい。
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