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本物語

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第83号 2025.11.30

TAX.ドライバーの眼:「自殺」二話

小野寺 晟一郎

 昭和五十年初夏,私は気仙沼の「気帆船タクシー」の運転手として働いており,仕事を終えて帰宅途中でのこと。深夜2時ごろ,進行方向の左側を,一人の女性が歩いていた。深夜に女性が一人で変だなと思い,声をかけようと,車を停めて,ふと後方を見ると,パトカーがこっちに走って来るのが目に入った。これは私が行かなくともお巡りさんが職質するなと思い,私はゆっくり走り出して,様子を見ることにした。しかしパトカーは停車せずに行ってしまった。そのうち対向車が二台来て,停車して話しかけたみたいだったけど会話には至らず走り去った。私はゆっくり走って彼女を追い越し,1キロほど先で車を停め,少し待ってみることにした。十数分したら彼女が歩いて来たので,どこまで行くの,私は岩井崎の近くまで行くから乗って行かないですかと声を掛けた。が,返事がなく,歩き続ける。一緒に歩きながら,乗るように何度も話しかけても無言のまま。仕方なく車に戻り走り出したが,このまま走り去ることにも不安を覚え,車から降りて待つことに。彼女が来たのでまた説得。無言のままだったが,今度は乗車。しかし行先については返事がない。これでは進めないし,朝になってしまう。私も休まねばならない。ふと,近くで知人がモーテルをやっているのを思い出し,そこで休んでもらおうと思いついた。そこで少し休んでみたらと云ってモーテルへ。ママさんに事情を話して泊めてもらうことに。お金も持ってない様子なので私が払って私は自宅へ。朝になってモーテルに向かうと食事も出してもらって元気も出たみたい。ママさんが事情を少し聞いていてくれて,生家は志津川の荒砥というところ。岩手の室根に嫁いだけど,嫁いだ先は,酪農家で朝三時から一日中牛の世話に追われ,姑さんと折り合いもつかず,旦那も思いやりが乏しく,辛い思いに耐えかね,実家の近くの岬に身を投げようと室根から二十数キロも歩いて来たということが分かった。それで,先ず父さんに話し室根にも話して先の事はそれから相談すれば、と言って,私の家には母が居るから一緒に休んでいて,父さんに迎えに来てもらおうと,諭した。そして私の家へ連れて行き,母と子供達へは彼女から目を離さないように言い,私は会社に。午後になって,父親と兄が迎えに来て連れて行った。
 その後私は彼女の実家方面に走った時に何度か彼女宅を訪れてみたが,数ヵ月したら気持ちも落着いて室根に帰ったと話していた。そして数年後のある日,偶然気仙沼市役所の玄関前で彼女とバッタリ。私の顔を覚えていてくれてビックリ。あの時は大変御世話になりました。お陰様ですっかり元気になり子供も生まれて充実した生活で暮らしております。本当にありがとうございましたと,笑顔の挨拶を頂き,私もホッとした気持ちになったことでした。

 もうひとつ,忘れられない悲しい思い出があります。昭和の後半,私の友人夫妻の出来事です。夫である友人は大型漁船の幹部船員でした。昔は,漁船員と云えば羽振りが良くて,入港すると夜の街に出て豪遊して歩いたものです。連夜の行動で女性とのお付き合いも多くなり,度が過ぎると深い関係になり,家庭内でトラブルになることもしばしば。友人もその一人となりました。既に二男二女いた子供達は家庭を離れており,留守を預かる奥さんは,重度の痴呆症の義父の看病で疲れ果てゝいるところに夫のうわさが耳に入り,タクシーで探し回るようになりました。心配しておりましたところ,友人が出漁中に,愛車の車検が近づき手続のため,奥さんが車検証を見たところ,噂になっている女性の名義になっていたので,尚一層精神的に大きなショックを受け,怒りの気持ちを抑えがたいた様子でした。私は何とか落ち着かせようと,観光で団体旅行等にも連れて行ったりもしましたが,友人が帰って来ると怒りがなおエスカレート。ノイローゼ状態になり,私も心配しておりましたところ,突然姿を消しました。四方に手をまわし情報を集めましたが良い知らせは無く,数週間が経った頃に,あるタクシー会社から,うちの運転手が乗せた人かも,との話を受け,良く聞いて見ると,夜,唐桑半島の岬まで女性を乗せましたとのこと。その人に間違いない。唐桑には実家があり,実家の岬から身を投げたのではと,一瞬その運転手さんを恨みました。夜,女性一人で半島の岬まで行くなんておかしいと思うのが普通だと思うのですが。タクシーの運転手として失格と唇を噛みました。
 それから三ヶ月程過ぎたある日,いわき市の警察署から次男のところに連絡があり,いわき沖で漁船の刺し網に遺体が引っかかっていたとのこと。いわき市には長男が住んでおり,その長男に逢いたくて,いわき沖まで流されたんだと,改めて涙したことでした。五十代後半の他界,どんなに悔しかったことか,もっと深く悩みを聞いてあげれば良かったと後悔の念に打ち込まれる毎日です。悔いの残る出来事でした。
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